限界等級について肉眼の場合と望遠鏡を用いた場合の両方について考察します。 なお、ここでは空の明るさやシーイングといった環境の影響はないものと仮定し、望遠鏡は無収差・円形開口を仮定し、理想的な場合について議論を行っています。

ヒトの目の性質

まとめ:視細胞には2種類あり、感度が低いが色の識別できる「錐体」と、感度は高いが色が識別できない「桿体」がある。 ヒトの目に入射する光量は虹彩で調整され、その直径は瞳径と呼ばれ、暗所では直径 7 [mm] 程度が最大となる。 明るい光源を長時間見た後、感度が回復することを「暗順応」と言い、桿体の場合 30 [分] かかる。 暗所での視覚を司るの桿体の感度ピークは 505 [nm] にある。

1. 視細胞

ヒトの目に入射した光は角膜と水晶体で屈折して網膜で結像します。網膜には錐体(すいたい)と桿体(かんたい)という2種類の視細胞があり、光から神経シグナルに変換されるようです。 錐体と錯体は以下のような特徴があります。

2. 瞳径

ヒトの目に入射する光量は虹彩で調整されるようです。虹彩の中央には穴(瞳孔)があり、穴の直径は入射する光が明るければ小さく、暗ければ大きくなるようです。 この瞳孔の直径を(ヒトの目の入射)瞳径と呼びます。 暗所でおよそ直径 7 [mm] 程度まで広がるようです。 ただし瞳孔の直径は個人差や年齢差があるようです。

3. 暗順応

明るい光源を長時間見ると視細胞内の感光色素が消耗し、光源が消えても回復するまでの間目の感度は低下するようです。 この感光色素の回復のことを「暗順応」と言います。 感光色素の回復時間(=暗順応に要する時間)は錐体で 6~10 [分]、桿体で 30 [分] 必要なようです。

4. 比視感度

ヒトの目の感度特性は国際照明委員会 (CIE) で標準化されているようです。 視比感度は明るいところと暗いところとで2種類定義されています。 明るいところでは視覚は錐体により、錐体はおよそ 470 [nm] ~ 650 [nm] に感度があって、感度のピークは 555 [nm] 前後にあるようです。 錐体は色を識別できるため青~緑~青の光がカラーで認識できることになります。

これに対して暗いところでは視覚は桿体にあり、桿体はおよそ 420 [nm] ~ 580 [nm] に感度があって、505 [nm] 感度のピークがあるようです。 桿体は色を識別できないため青~緑の光がモノクロで認識できることになります。 なので暗くて淡い天体を見る場合、天体の色は知覚できないと思われます。

錐体と桿体の感度特性を以下に図示しました。

視比感度

参考文献:

そもそも星が見える・見えないとは

まとめ:「星が見える」という状態は背景ノイズに対して有意に星からの光が検出出来る状態の事で、「星が見えない」という状態は背景ノイズに埋もれて星からの光が検出出来ない状態の事を意味する、と考えられる。


以下の図は星の輝度分布を近似的に正規分布で表わしたものです。 面積がそれぞれ 2 と 1 の正規分布で、半値全幅 (FWHM) はどちらも 1 [秒角] となるように描きました。

シーイングによる輝度分布の違い

星の幅が同じなのでこの2つの輝度分布は同じシーイングの時に見られる、明るさの違う星を表していることになります。 この図の曲線とx軸との間の面積は星の明るさを意味しますので、明るさ(輝度)が 2 と 1 の星を表していることになります。

この図から、星の明るさが 2 [倍] 違うとそのピークの強度も 2 [倍] 違う事が分かります。ヒトの目はこの明るさの違いを感じて、左の星の方が右の星より明るいと認識するのでしょう。

しかし、天体を地上から観察する場合、視野に入ってくる光は星の光だけではなく地球大気内からの散乱光(光害)や太陽系内からの散乱光(黄道光)も同時に入ってくることになります。 星以外からの光はノイズとなり、天体観望の妨げになります。 これらノイズはランダムに分布していると考えられます。 そのため実際に見える星の輝度分布はこれらノイズを含めて考える必要があります。

次の図は上記の図に分散 0.5 の正規乱数を足し合わせたものになります。

シーイングによる輝度分布の違い

この図を見ると、左の星はノイズより充分に信号が大きいためその存在が分かります。 この星は「見える」と思われます。 しかし右の星はノイズに埋もれてその存在が殆ど分かりません。 この星は恐らく「見えない」と思われます。よってこの図から分かるように、星が見える・見えないとはその星からの光が背景ノイズに対して、どれだけ有意に検出することが可能かどうかにかかっていると思われます。 これはカメラ等を使った撮像でも S/N (Signal to Noise Ratio) として定義・考察され、検出限界の指標となっています。

肉眼の限界等級 (恒星の場合)

まとめ:恒星の場合の肉眼の限界等級は観測地の空の明るさによる。


現在の天文学での等級の定義は(観測対象によっても異なりますが)AB等級が広く使われています。 ある基準となる明るさを 0 [等級] と定義し、100 [倍] の明るさの違いを 5 [等級] と定義しています。 そのため 1 [等級] 違うと 星の明るさは 1001/5 = 約 2.5 [倍] 違う事になります。 また明るいほど等級は小さくなるよう定義されています。

肉眼で見える限界等級については一般的に 6 [等級] と言われています。 しかし厳密にはこれは正しくなく、実際は観測地の空の明るさによって異なります。

Schaefer (1990) によると、空の明るさを m_Q [等級/平方秒] と書いたときの肉眼の限界等級 m_E [等級](但し両目で見た場合)は以下の式で書くことが出来ます。

肉眼の限界等級

この式から計算した肉眼の限界等級を以下に図で示します。

肉眼の限界等級

ここから、観測地が明るければ限界等級は小さく(明るく)、観測地が暗ければ限界等級が大きい(暗い)ことが判ります。 暗い恒星を肉眼で見るためには空の暗い観測地に遠征する必要があることがわかりました。

参考文献

謝辞

本稿は当初間違った記述をしておりましたが、石坂智様からご指摘をいただいて全面的に修正することが出来ました。深く感謝します。

肉眼の限界等級 (淡く広がった天体の場合)

まとめ:大きさが 1.5 [度] 以上の淡い天体の場合、肉眼の限界等級は 8 [等級/平方度] = 17 [等級/平方分角] = 26 [等級/平方秒角] と推定される。 光源の大きさが 1.5 [度] に満たない場合は小さすぎて検出できない(見えない)。 また 0.1 [等級/平方秒] の差は明暗の差として判別することが可能。

1. 文献調査

充分に空が暗い観測地では肉眼で天の川を見る事が出来ます。 アンドロメダ銀河、オリオン大星雲、プレセペ星団といった大きな淡い天体も肉眼で見る事が出来ます。 加藤賢一(2006)、臼井正(2007)によると、これらの天体の単位面積あたりの明るさは 4~5 [等級/平方度] = 13~14 [等級/平方分] = 22~23 [等級/平方秒] だそうです。 そのため広がった光源の場合の肉眼の限界等級は最低でも 4~5 [等級/平方度] はあると考えられます。

2. 実験A:室内実験

次に自分の目で確かめてみました。 夜の真っ暗な室内の表面輝度を測定し、どの程度の明るさがあれば「見える」か確かめました。 アイピース越しに星を見ることを想定し、片目をつぶって測定しました。

淡く広がった天体の場合の肉眼の限界等級の測定実験
場所表面輝度 [等級/平方秒]判定
カーテン22.3はっきり見える、明るい
天井23.3うっすら見える
白い紙23.4天井と同じ程度の明るさ
23.5天井より少し暗いが白い紙と区別可能
クローゼット23.6真っ暗に見えるが壁と区別可能
真っ暗な袋の中23.8SQM-Lの検出限界?

実験結果から、私の肉眼の場合、表面輝度 23.5 [等級/平方秒] = 15 [等級/平方分] = 6 [等級/平方度] 程度 であれば検出が可能で、0.1 [等級/平方秒] の差も判別可能だということが判りました。

ただし 肉眼の分解能(淡く広がった天体の場合) に書いたように、暗所では広がった光源に対する視力が極端に低下してしまい、光源の大きさが 1.5 [度] 以上なければそもそもその光源の存在に気が付きません。 これはアンドロメダ銀河 (表面輝度 4 [等級/平方度]、視直径 2.5 [度]) が肉眼で見えるのに対し、M81 (表面輝度 3 [等級/平方度]、視直径 0.3 [度]) が肉眼で見えないという私の経験と合致します。 そのため淡く広がった天体の場合、肉眼の限界等級 6 [等級/平方度] が適用できるのは少なくとも光源の大きさが 1.5 [度] 以上の場合と考えられます。

3. 実験B:アイピース実験

アイピースを通して天体を見ると真っ暗な「視野絞り」とある程度の明るさのある「バックグラウンド」を区別して見る事が出来ます。 そこでアイピースを色々変え、色々な望遠鏡の射出瞳径で視野絞りとバックグラウンド(背景)が区別して見えるかどうかを調べることで肉眼の限界等級について調べることができると考えました。

淡く広がった天体の場合の肉眼の限界等級の測定実験
瞳径背景の表面輝度判定
2.6 [mm]23.6 [等級/平方秒]ニュートラルグレー
1.824.4ニュートラルグレー
1.225.3うっすら見える
0.826.3かろうじて分かる
0.427.9全く見えない

バックグラウンド(背景)の表面輝度 m_B [等級/平方秒] は SQM-L で測定した空の明るさ m_Q [等級/平方秒] と 望遠鏡の射出瞳径 D_E [mm] から以下の計算式で推定しました。

バックグラウンドを推定する計算式

なお実験時の空の明るさは 21.5 [等級/平方秒] でした。

この結果から肉眼の限界等級は検出限界は表面輝度 27 [等級/平方秒] = 18 [等級/平方分] = 9 [等級/平方度] 程度だと推定されます。


文献調査・実験A・実験Bと示しましたが、結果は一致しませんでした。 より確かな結果はアイピース越しに見たバックグラウンドの明るさ(実験B)だと思われますが、実際に天体を見るときはもう少し明るくないと見えないように思います。 そこで私のウェブページでは「実験B」の結果から 1 [等級/平方秒] を減じた明るさを、淡く広がった天体の場合の肉眼の限界等級と考える事にします。 よって肉眼の限界等級 (淡く広がった天体の場合)は 26 [等級/平方秒] = 17 [等級/平方分] = 8 [等級/平方度] 程度と推定できます。

参考文献

望遠鏡の限界等級 (恒星の場合)

まとめ:望遠鏡を使った場合の恒星の限界等級は空の明るさと望遠鏡の瞳径(倍率)による。


望遠鏡を使うと肉眼よりも多くの光を集めることが出来ます。 そのため望遠鏡を使う事で肉眼よりも暗い星まで見ることが出来ると考えられます。

Schaefer (1990) によると肉眼の限界等級 m_E [等級] は空の明るさ m_Q [等級/平方秒] を使って書くことが出来ました。 これを望遠鏡を使った場合に応用します。 恒星の場合の望遠鏡の限界等級 m_T [等級] (但し片目で見た場合)は主鏡直径を D_A [mm]、望遠鏡の射出瞳径を D_E [mm]、空の明るさを m_Q [等級/平方秒] と書いて以下の式で表されると考えられます。

恒星の場合の望遠鏡の限界等級

ここで空の明るさ 22 [等級/平方秒] の時の望遠鏡の限界等級(恒星の場合)は以下の図になります。

恒星の場合の望遠鏡の限界等級

ここで空の明るさ 20 [等級/平方秒] の時の望遠鏡の限界等級(恒星の場合)は以下の図になります。

恒星の場合の望遠鏡の限界等級

ここで空の明るさ 18 [等級/平方秒] の時の望遠鏡の限界等級(恒星の場合)は以下の図になります。

恒星の場合の望遠鏡の限界等級

望遠鏡を使った場合の限界等級も空が明るいとも小さく(明るく)なることがわかりました。 またアイピースを換えて望遠鏡の射出瞳径を小さくする(高倍率にする)と限界等級が大きく(暗く)なることもわかりました。 これは私の経験とも合致します。 ただし望遠鏡を使った場合の限界等級が空の明るさと望遠鏡の瞳径(倍率)によることはあまり天文アマチュアの間で知られていないようです。

参考文献

謝辞

本稿は当初間違った記述をしておりましたが石坂智様からご指摘をいただいて全面的に正しい内容に修正することが出来ました。深く感謝します。

望遠鏡の限界等級 (淡く広がった天体の場合)

まとめ:淡く広がった天体の場合、望遠鏡の限界等級は口径によらず空の明るさによって決まる。 淡く広がった天体は空の単位面積あたりの明るさより 3.3 [等級] = 20 [倍] 暗い天体まで見ることが出来る。 但し天体の見かけの表面輝度がヒトの目の検出限界 26 [等級/平方秒角] より暗くならないよう、望遠鏡の射出瞳径(倍率)は天体に応じて適切に選ぶ必要がある。


淡く広がった天体の場合の望遠鏡の限界等級を考えます。 肉眼の限界等級 (淡く広がった天体の場合) に書いたように、肉眼の限界等級は 9 [等級/平方度] = 18 [等級/平方分角] = 26 [等級/平方秒角] で、天体の大きさが 1.5 [度] 以上ないと見えません。 これを望遠鏡の場合に応用することを考えます。

そもそも星が見える・見えないとは に書いたように、天体が見えるとは背景に対して天体が有意なコントラストを持っていることを意味します。 肉眼の限界等級 (淡く広がった天体の場合) の実験1で示したように、私の目では 0.1 [等級/平方秒] の違いを明るさの違いとして識別することが出来ました。 さらに経験上はもう少しs小さな輝度差でも区別は可能だと思います。 よってここでは 0.05 [等級/平方秒] の違いを明るさの違いとして識別可能だと考えます。 0.05 [等級/平方秒] の明るさの違いとは約 5 [%] の明るさの違いに相当します。 これは「天体+バックグラウンドの明るさ」が「バックグラウンドの明るさ」に対して約 5 [%] 明るければ天体を検知出来ると言うことを意味します。 これを式で表すと以下のように書けます。

ここで m_S' は望遠鏡の射出瞳径 D_E [mm] の時の天体の見かけの表面輝度を意味し、天体の実際の表面輝度を m_S [等級/平方秒] と書くと

と書き表せます。 またバックグラウンド(背景)の表面輝度 m_B [等級/平方秒] は SQM-L で測定した空の明るさ m_Q [等級/平方秒] と 望遠鏡の射出瞳径 D_E [mm] から以下のように推定されます。

バックグラウンドを推定する計算式

よってこれらの式から識別可能な天体の単位面積あたりの等級は、以下の式で表されることになります。

ここで m_Q は単位面積あたりの空の明るさ [等級/平方秒] を意味しています。 ここから淡く広がった天体の場合の限界等級は空の明るさのみに依存し、望遠鏡の口径には依存しないことがわかります。 また(私の目の場合)空の明るさより 3.3 [等級] = 20 [倍] 暗い天体まで見えることになります。 この結果は恒星の場合と違って、淡く広がった天体の場合は観測地の空が明るいといくら大きな望遠鏡を使っても淡い天体は見えないことを意味します。

ただし天体の表面輝度 m_S' はヒトの目の限界等級である 26 [等級/平方秒角] より明るくなければ見えません。 よって空の明るさによる限界等級は以下の図のようになると考えられます。

淡く広がった天体の場合の望遠鏡の限界等級

また望遠鏡の射出瞳径を小さくすると天体や空の見かけの表面輝度は小さくなります。 下の図は望遠鏡の射出瞳径に応じた天体の見かけの表面輝度の減少を示したのです。

望遠鏡の射出瞳径に応じた天体の見かけの表面輝度の減少

そのため望遠鏡を通して淡く広がった天体を観察する場合、ヒトの目の検出限界を超えないような瞳径を選択する必要があります。 以下にいくつか例題を示します。

例題1

問題:空の明るさが 18 [等級/平方秒](肉眼で天の川が見えない程度の空)の時、22 [等級/平方秒] の天体(一般的な渦巻き銀河)は見えるか? またどんなアイピースで観望すれば良いか?

解答:検出限界=空の明るさ+3.3なので、この空の明るさにおける検出限界は 21.3 [等級/平方秒] となる。 よってこの天体は見えない(明るい一部分のみ見えるかもしれない)。

例題2

問題:空の明るさが 20 [等級/平方秒](肉眼で天の川がかろうじて見える空)の時、22 [等級/平方秒] の天体(一般的な渦巻き銀河)は見えるか? またどんなアイピースで観望すれば良いか?

解答:検出限界=空の明るさ+3.3なので、この空の明るさにおける検出限界は 23.3 [等級/平方秒] となる。 よってこの天体は見ることが出来る。
また天体の見かけの明るさは瞳径が小さくなるほど暗くなるが、26 [等級/平方秒] よりも明るければ検出は可能である。 よってグラフから読み取って、瞳径が 2.0 [mm] よりも大きくなるようなアイピースを用いれば、この天体は見ることが出来る。 これは広がった天体の場合でもある程度の明るさ(一般的な銀河の明るさ)があれば高倍率でも見ることが出来ることを意味する。

例題3

問題:空の明るさが 20 [等級/平方秒](肉眼で天の川がかろうじて見える空)の時、25 [等級/平方秒] の天体(極めて暗い矮小銀河)は見えるか? またどんなアイピースで観望すれば良いか?

解答:検出限界=空の明るさ+3.3なので、この空の明るさにおける検出限界は 23.3 [等級/平方秒] となる。 よってこの天体は見えない。

例題4

問題:空の明るさが 22 [等級/平方秒](最高条件の空)の時、25 [等級/平方秒] の天体(極めて暗い矮小銀河)は見えるか? またどんなアイピースで観望すれば良いか?

解答:検出限界=空の明るさ+3.3なので、この空の明るさにおける検出限界は 25.3 [等級/平方秒] となる。 よってこの天体は見ることが出来る。
また天体の見かけの明るさは瞳径が小さくなるほど暗くなるが、26 [等級/平方秒] よりも明るければ検出は可能である。 よってグラフから読み取って、瞳径が 4.9 [mm] よりも大きくなるようなアイピースを用いればこの天体は見ることが出来る。 これは極めて淡い天体の場合は低倍率でなければそもそも見えないということを意味する。


今回の考察によって、淡く広がった天体の場合の限界等級について統一的に理解することが出来ました。 淡く広がった天体の場合、その限界等級は空の明るさに依存し、望遠鏡の口径には依存しないことがわかりました。 また天体の見かけの明るさがヒトの目の検出限界よりも暗くならないよう、望遠鏡の射出瞳径(倍率)は天体に応じて適切に選ぶ必要があることがわかりました。