自作60cmドブソニアン計画のために、ここではシーイングが分解能と限界等級に与える影響について考察します。

シーイング

地球大気の熱的な乱流を原因として、肉眼では星は瞬いて見えたり、小口径の望遠鏡では星はフラフラと位置が変化して見えたり、大口径の望遠鏡では星はぽっちゃりと広がって見えたりします。このうち特に大口径の望遠鏡で見える広がった星像の大きさのことを「シーイング」と呼びます。

シーイングは厳密には大口径の望遠鏡で天頂にある星を波長 500 [nm] で長時間露出した時に得られる像の輝度分布の半値全幅 (FWHM) と定義されます。私の経験では、仙台近郊で 2 [秒角]、平均的な天文台で 1 [秒角]、マウナケア山等の天体観測の適地で 0.7 [秒角] 程度、地球上で最も良い南極で 0.3 [秒角] 程度です。
シーイングは地球大気の現象なので地上で観測する限りその影響を逃れることは出来ません。

まとめ:大口径の望遠鏡の場合星は広がって見える。この広がりのFWHMを「シーイング」と呼ぶ。

参考文献:
Sarazin & Roddier, "The ESO differential image motion monitor," Astronomy & Astrophysics, vol.227, p.294 (1990)

シーイングの原因

シーイングは3種類に分類することが出来ます。ここではそれぞれの原因についてまとめます。

1. 自由大気シーイング

地上からの摩擦や熱の影響を直接的に受けない層を「自由大気」と呼び、だいたい地表面から高さ 2 [km] 以上の大気を指します。ここでシーイングに影響する大気の乱流を、自由大気シーイングと呼びます。
自由大気シーイングは上空 10 [km] 程度の高さにあるジェット気流の強度によってその良し悪しが決まります。日本上空とアメリカ東海岸では寒帯ジェット気流と亜熱帯ジェット気流が合流して特に風速が早いようで、自由大気シーイングはあまり良くありません。自由大気シーイングの寄与は経験上、 0.2 ~ 0.8 [秒角] ぐらいと考えます。

2. 接地境界層シーイング

地表面付近は風や凸凹な地形の影響があるため温度は非一様な分布をしていると考えられます。また放射冷却で冷えた空気が風で乱されることでも非一様な温度分布となります。そのため地表面付近でもシーイングが悪化します。このシーイングのことを``Surface Boundary Layer Seeing''、日本語で「接地境界層シーイング」と呼びます。
接地境界層の高さは風が全くなければ低くなると考えられます。また、高い山の頂上など、周囲よりも高い場所だと接地境界層の上に出ることが出来ます。(中腹だと山から吹き下ろす風で乱されるためダメでしょう。) そのため高い山の山頂では接地境界層シーイングの影響を受けないと考えられます。接地境界層シーイングの寄与は経験上、 0 ~ 1 [秒角] ぐらいと考えます。

3. ドームシーイング

天体観測ドーム内の温度が外気温よりも高いと暖かい空気が外に出ようと対流が起こり、その結果シーイングが悪くなります。観測ドームがない場合でも望遠鏡自体や反射鏡の温度が外気温より高いとその付近で対流が起こり、結果としてシーイングが悪くなります。これら人為的な作用で生じるシーイングのことを「ドームシーイング」と呼びます。
人為的な作用なのでドームシーイングは工夫すれば取り除くことができます。ドームシーイングの寄与は経験上 0.1 ~ 1 [秒角] ぐらいと考えます。

まとめ:シーイング悪化には3種類の原因がある。高い山の山頂などでは接地境界層の影響を受けないため、相対的に良シーイングが期待できる。

シーイングの分解能に与える影響

望遠鏡の分解能 (明るい恒星の場合)に書いたように、明るい恒星の場合の望遠鏡の分解能は回折限界で決まるはずです。しかしシーイングによって星は広がって見えるため、シーイングよりも細かい構造を見分けることは出来ないと考えられます。

平均的なシーイングを 1 [秒角] と考えると、これは口径 5 [インチ] = 12.5 [cm] の望遠鏡の回折限界に相当します。そのため平均的には、口径 5 [インチ] = 12.5 [cm] 以上の望遠鏡の場合は、望遠鏡の分解能はシーイングによって決まる事になるといえます。自作60cmドブソニアン計画で計画している口径 24 [インチ] = 60 [cm] 程度の望遠鏡で得られる分解能は回折限界の 0.21 [秒角] ではなく、シーイングによって平均的には 1 [秒角] 程度となることになります。

まとめ:平均的には口径 5 [インチ] = 12.5 [cm] 以上で、望遠鏡の分解能はシーイングによって決まる。

シーイングの限界等級に与える影響

良いシーイングは高い分解能が得られるようになるだけでなく、より暗い天体が見えてくる効果もあります。このことはあまり知られていないように思います。

ここである一定の明るさの星を、シーイングがそれぞれ 2 [秒角]、1 [秒角]、0.5 [秒角] の時に観測したと考えます。以下の図は面積が 1 で、半値全幅が左から 2、1、0.5 とした正規分布です。

シーイングによる輝度分布の違い

この図はシーイングがそれぞれ 2 [秒角]、1 [秒角]、0.5 [秒角] の星の輝度分布を表しています。面積はすべて 1 としたので、この3つの星の明るさは同じです。 ここでそもそも星が見える・見えないとはに書いたように、星が見えるというのは背景ノイズに対して有意に星からの光が検出出来る状態の事なので、ここでも背景ノイズを書き加えてみることにします。以下の図は先ほどの図に分散 0.25 の背景ノイズを書き加えたものです。

シーイングによる輝度分布の違い

シーイングが 2 [秒角] の時の星では、背景と区別がつかなくなりました。つまりこれは 2 [秒角] のシーイングでは見えない星が 1 [秒角] のシーイングなら見えるようになることを意味します。

また今度は明るさ (=面積) が 0.5 の場合を考えます。他の条件は上記と全て同じにして図を描くと以下となります。

シーイングによる輝度分布の違い

この場合シーイング 2 [秒角] や 1 [秒角] の時では星と背景の区別がつきませんが、シーイング 0.5 [秒角] では星と背景の区別がつくと思います。そのためシーイングが非常に良いと暗い星まで見えるようになると考えられます。シーイングが 0.5 [秒角] の観測地の場合、シーイングが 1 [秒角] の観測地と比較して 2 [倍] = 0.75 [等級] 暗い星が見えることになります。

まとめ:シーイングが良いと限界等級が大きくなる。シーイングが2分の1になると限界等級は 0.75 [等級] 大きくなる。