ヒトの眼の特性について、実験に基づいて調べることを考えました。 調べていくうちにいくつか先行研究や文献も見つかりましたがイマイチ感覚と合致しなかったり眼視にぴったりと適用できるデータでないように思いました。 そこで自分で実験して確かめることにしました。
高倍率でアイピースを覗いたとき、視野背景が真っ暗でほとんど何も見えないことがあります。 この時の視野背景の明るさを実験から調べることを考えました。
そこで次の図のような実験装置を作り、実験を行いました(実験1)。
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(1)背景光源 | 白色LED、6個使用、調光回路を入れて光量を調整可能 |
(2)背景スクリーン | 白色のコピー用紙を丸く切って装置底面に貼り付け |
(3)視野絞り | 背景スクリーン以外を黒く塗ってアイピースの視野絞りを再現 |
(4)視野NDフィルター | フィルターなし~ND16×ND16×ND8の範囲で光量を調整 |
矢印のところから装置内を覗き込むことで望遠鏡にアイピースを取り付けて覗き込んだ状態を再現します。 視野スクリーンは直径 φ360mm、視野スクリーンまでの距離は 280 mm のため、これで見かけ視野 65度 のアイピースを再現したことになります。 実験1は具体的に以下の手順で行いました。
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NDフィルターを入れてその都度 SQM-L で測定しなかったのは SQM-L で測定できる明るさが 24 mag/arcsec2 程度までで、視野を暗くしていったときに正しく明るさを測定できなかったためです。
視野の明るさをNDフィルターで調整したのは調光回路では明るさの調整が困難で再現性がなかったためです。
NDフィルターは製品によって透過率にバラツキがあったため、NDフィルター1枚1枚について波長 532 nmのレーザーとパワーメーターを用いて透過率を実測しました。
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2022年6月19日、2022年8月28日にに実験を行いました。 実験は夜中にカーテンを閉めた室内で行い、室内の明るさは6月19日は 23.8 mag/arcsec2、8月28日は 23.5 mag/arcsec2 でした。 実験は6月19日に2回(見かけ視野65度)、8月22日に1回(見かけ視野41度)行いました。
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実験開始時の視野背景の明るさを μ0、視野NDフィルターの透過率 TND とした時の視野の明るさ μbg は以下の式となります。
μbg = μ0 - 2.5 × log10 (TND)
μbg を横軸に実験1の結果を視野背景が見える (=1)、かろうじて分かる(=0.5)、見えない (=0) を縦軸にプロットしたのが次の図となります。
かろうじて分かる(=0.5)は ほぼ見えない(=0)と同じだと解釈すると、実験1の結果から以下のことが言えると考えます。
この結果は概ね私のこれまでの経験とも合致するものでした。
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次に広がった天体がどう見えるか、視野の明るさ、視野の広さ、天体の明るさ、天体の大きさ、メガネの有無の5つをパラメーターに実験を行いました。
次の図のような実験装置を作り、実験を行いました(実験3)。
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(1)背景光源 | 白色LED、6個使用、調光回路を入れて光量を調整可能 |
(2)背景スクリーン | 白色のコピー用紙を丸く切って装置底面に貼り付け |
(3)視野絞り | 背景スクリーン以外を黒く塗ってアイピースの視野絞りを再現 当初φ65°のみ, 後にφ41°を追加 |
(4)視野NDフィルター | フィルターなし~ND16×ND16×ND16の範囲で光量を調整 |
(5)天体光源 | 白色LED、1個使用、調光回路を入れて光量を調整可能 |
(6)天体スクリーン | 白色のコピー用紙を丸く切って装置底面に貼り付け |
(7)天体NDフィルター | ND16×ND16×ND4~フィルターなしの範囲で光量を調整 |
(8)天体マスク | 見かけの大きさがφ2.0, φ1.4, φ1.0, φ0.7, φ0.5, φ0.35, φ0.25°の穴 後にφ3.0, φ4.0, φ5.0, φ6.0, φ7.0°を追加 |
(1)~(4)は実験1と同じ構成ですが(2)視野スクリーン中央に穴を開け、そこにφ7.0~φ0.25°の天体が見えるように改造しました。 実験1と同様に矢印のところから装置内を覗き込むことで望遠鏡にアイピースを取り付けて覗き込んだ状態を再現します。 以下に実験装置の写真を示します。
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最初から色々な場合を考えて計画的に実験できるのが理想ですが、実験しながらアイデアが湧いてきたため4回追加で実験しました(合計5回)。 これらの実験で必要なデータは網羅的に得られたと考えています。 実験3で行った実験について表3にまとめました。 太文字で書いたところが追実験で検証したいと考えたパラメーターです。
# | N | 視野の広さ (°) | 視野の明るさ (mag/□") | 天体の大きさ (°) | 天体の明るさ (mag/□") | メガネ 有無 |
---|---|---|---|---|---|---|
3-1 | 788 | 65 | 21.5-28.5 | 0.25-2.0 | 14.4-28.5 | なし |
3-2 | 274 | 65 | 18.6-21.5 | 0.25-2.0 | 14.5-20.9 | なし |
3-3 | 464 | 41 | 18.6-28.6 | 0.25-2.0 | 14.5-27.7 | なし |
3-4 | 200 | 65 | 25.7-30.4 | 3.0-7.0 | 18.7-29.3 | なし |
3-5 | 112 | 65 | 18.6, 21.6 | 0.25-2.0 | 14.5-20.7 | あり |
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2022年6月22日、8月26日、8月28日、8月29日、9月2日に実験しました。 実験は夜中にカーテンを閉めた室内で行い、室内の明るさは概ね 23.6 mag/arcsec2でした。
9月2日の実験データ(実験3-5)がまだ掲載できていません。 近日中に追加します。
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実験データの解析から「天体の見かけの総光量 m'」が重要なパラメーターだと分かりました。 以下に細かく導出を示します。
実験開始時の視野背景の明るさを μ0、視野NDフィルターの透過率 TND とした時の視野の明るさ μbg は以下の式となります。
μbg = μ0 - 2.5 × log10 (TND) ・・・ 式(1)
ここで視野背景の明るさ μbg を望遠鏡で覗いたときの射出瞳径 Dpupil に換算することを考えると、 暗順応した瞳孔径を Deye = 7 mm、空の明るさを μsky = 21.5 mag/arcsec2 とすると、視野背景の明るさは次の式で望遠鏡の射出瞳径 Dpupil に換算されます。
Dpupil = Deye × sqrt [ 10 -0.4 (μbg - μsky) ] ・・・ 式(2)
ここで天体の見かけの明るさ μobj'(実験装置を通して見える明るさ)は天体NDフィルターの透過率を tND 、実験開始時の天体NDフィルターの透過率をt0としたとき、
μobj' = μbg - 2.5 × log10 (tND / t0) ・・・ 式(3)
となり、さらに天体の実際の明るさ μobj(視野の明るさを補正した、天体の実際の明るさ)は、
μobj = μobj' - (μbg - μ0) = μ0 - 2.5 × log10 (tND / t0) ・・・ 式(4)
となります。
ここで明るさ L の天体の等級 m は基準とする明るさ L0 の時の等級を m0 として以下と定義されます。
m = m0 - 2.5 × log10 (L / L0) ・・・式(5)
そして望遠鏡を覗いている観測者の「眼に届く総光量 m' 」、または「天体の見かけの総光量 m'」(単位は等級)という物理量を考えると、 m' は天体の見かけの明るさ Lobj' と天体の見かけの面積 Sobj' の積となるはずで、次の式となります。
m' = μobj' - 2.5 × log10 (Sobj')・・・ 式(6)
次に望遠鏡の口径を Dtel、倍率を M とすると、この時の望遠鏡の射出瞳径 Dpupil は一般に次の式で定義されます。
Dpupil = Dtel / M ・・・ 式(7)
さらに望遠鏡の集光力 P は人の瞳孔径を Deye として、一般に次の式で定義されます。
P = Dtel2 / Deye2 ・・・ 式(8)
ここで天体の実際の面積 Sobj と見かけの面積 Sobj' の関係は、
Sobj' = Sobj × M2 = Sobj × (Dtel2 / Dpupil2) = Sobj × (Deye2 / Dpupil2) × P・・・ 式(9)
また天体の実際の明るさ μobj と見かけの明るさ μobj' の関係は、
μobj' = μobj - 2.5 × log10 (Dpupil2 / Deye2) ・・・ 式(10)
よって「眼に届く総光量 m'」 または 「天体の見かけの総光量 m'」 は
m' = μobj' - 2.5 × log10 (Sobj') = μobj - 2.5 × log10 (Sobj) - 2.5 × log10 (P) ・・ 式(11)
となり、「天体の実際の明るさ」「天体の実際の面積」「集光力」でも表せることがわかりました。 なお「天体の実際の総光量 m」(単位は等級)は次の式となります。
m = μobj - 2.5 × log10 (Sobj) ・・・ 式(12)
次章以降、この「天体の見かけの総光量 m'」を使って実験結果を考察します。
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実験データを解析した結果いくつか特徴的な図を得ました。
図4 は実験データのうち、見かけの大きさがφ0.25°~2.0°の天体の場合について、横軸に「視野背景の見かけの明るさ(mag/□")」、縦軸に「天体の見かけの総光量(mag)」とした図となります。
図4 に示したように天体が見えるか・見えないかは「天体の見かけの総光量(mag)」と「視野背景の見かけの明るさ(mag/□")」の2つのパラメーター空間できれいに分離できることが分かりました。 またこの関係は視野背景の見かけの大きさが違っても(φ65°またはφ41°で)差はありませんでした。 メガネの有無でも変化ありませんでした。
なお見かけの明るさでも作図し検討しましたが、図4 のパラメーターの組み合わせでのみ、見える・見えないがきれいに分離できました。
以下、図4 から分かったことを次節以降示していきます。
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図4 より「天体の見かけの総光量(mag)」が重要なパラメーターであることがわかりました。 ここで見かけの総光量とはすなわち「見かけの明るさ(mag/□")」×「見かけの面積(□")」であり、ヒトの眼は天体を見かけの明るさで認識しているのではなく、それをある範囲で積分した「総光量」で認識しているということがわかりました。 これを「積分効果」と呼ぶことにします。 また天体の見かけの総光量は 7 mag ぐらいが最大、これ以上暗いものは視野がどれだけ暗くても見えないことがわかりました。
よって天体の見かけの総光量 7 mag がヒトの眼で見える天体の限界の明るさ(単位は mag)と考えられます。
(なお 3.7.3. に示すとおり積分効果とは Ricco の法則そのものです。)
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図4 より「視野背景の見かけの明るさ」が 25 mag/□" 以上の時に見かけの総光量 7 mag の天体が見えることが分かりました。 一方で視野背景の明るさが 25 mag/□" 以下の場合は天体の見かけの総光量は小さな等級、つまり明るい天体でなければ見えないとも言えます。 これは視野の見かけの明るさ 25 mag/□" 以下の状態では、ヒトの眼にとっては視野が明るすぎ、感度が限界まで向上していないと考えられます。
よって視野背景の見かけの明るさ 25 mag/□" 以上の時、ヒトの眼は最大感度に到達すると考えられます。
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図4 より、視野背景の明るさが 25 mag/□" 以下の時は天体が見えるか見えないかは視野の明るさに応じて変化することが分かりました。 そしてこの見えるか見えないかの境界線の傾きは 0.7 とわかりました。
ここで恒星のような点光源を考えると、天体は面積無限小のため、その明るさにかかわらずヒトの眼で検出できる最小範囲で積分されて検出されると考えられます。 カメラに例えると1ピクセルに星の光が全て集まるような状態です。 ここでこのヒトの眼の最小範囲で積分された天体からの光=光子数を Pobj、視野背景の光子数を Pbg とすると、S/Nは以下の式となります。
S/N = Pobj / sqrt ( Pobj + Pbg ) ・・・式(13)
ここで視野背景が明るいと仮定すると Pobj << Pbg、よって式(13) は以下に近似されます。
S/N ~ Pobj / sqrt (Pbg) ・・・式(14)
ここである一定の S/N の時に天体が見えるとすると、式(14) を等級で書いて、天体の明るさを mobj、視野背景の明るさを μbg と書くと以下となります。
mobj - mbg / 2 = Const. ・・・式(15)
この関係式は [1] 臼井(2007)によると de Vrise-Rose の法則と呼ばれるもので、図4 では傾き 0.5 の直線に相当します。
以上より、恒星のような点光源の場合と、今回の実験で調べたようなφ0.25~2.0°に広がった天体の場合とでは、見えるか見えないかの境界線の傾きが異なる ことが分かりました。
以下、図4-2 にここまでの理解をまとめます。 なお de Vrise-Rose の法則については空の明るさが 21.5 mag/□" で 6.5 mag が見えるとして、この点を基準に書き加えました。
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図4 について、天体については「見かけの総光量(mag)」が見える見えないを決定するパラメーターとなっている一方で、視野背景については「見かけの明るさ(mag/□")」がパラメーターで、天体と視野で単位が異なり、違う物理量で、少し不思議に感じました。
実はこれは 3.7.2. で示すように積分効果はφ4°程度以下でしか成り立たないためφ65°やφ41°といった値の視野背景については積分効果はもはや成り立たず、見かけの明るさが天体が見える・見えないを決めるパラメーターとなるためと考えられます。
詳しくは 3.7.2. で考察します。
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図4 より天体が見えるかどうかは「天体の見かけの明るさ」と「視野背景の見かけの明るさ」の2つのパラメーター空間で分離し、これはメガネの有無で変化しないという結果を得ました。 これについて少し掘り下げます。
私の右目は裸眼で概ね -2.5 ディオプタの近視です。 そのため 1 / 2.5 = 400 mm かそれより短い距離でピントが合うことになります。 実測したところ約 380 mm 以下でピントが合いました。
一方でメガネをかけて矯正した場合、概ね 0 ディオプタ程度となり、この時は 1/0 = ∞ mm 以下でピントが合います。 実際、メガネをかけると星はちゃんと点光源として見えます。
ここで今回の実験装置について考えると、眼からスクリーンまでの距離は 280 mm のため、私の右目では裸眼(メガネなし)・メガネありのどちらでもピントは合うことになります。 よって今回の実験でメガネの有無で結果は変化しないという結果が得られましたが、これは装置と私の眼の特性からたまたま一致しただけで、裸眼でも近視の影響が出ない範囲で実験したため、メガネの有無で結果に影響しなかったと考えられます。
実際の夜空は距離 ∞ のため、近視の方が肉眼で星をながめた場合にはピンボケとなって、恒星はボケて広がり、また広がった天体の見え方も変わってくるため、異なる結果となる可能性があります。 一方で望遠鏡で見る場合はピント調整で視力は補正できるため今回の結果はそのまま適用できると思います。
よって今回の実験結果は広がった天体の場合、視力が違っても見え方は変わらないと主張するものではありません。 今のの測定装置では構造の限界で実験できないため、よくわかりません。
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次に 図5 は実験データのうち、視野背景の見かけの明るさが 25 mag/□" より暗い場合について、「天体の見かけの面積(平方度)」と「天体の見かけの総光量(mag)」の関係を示した図です。
図5 より、天体が広がって見えるか(非恒星状)・恒星状に見えるか・見えないかは「天体の見かけの総光量(mag)」と「天体の見かけの面積(平方度)」の2つのパラメーター空間できれいに分離する ことが分かりました。 また今回は縦軸を「天体の見かけの明るさ(mag/□")」とした 図6 の場合でも分離することがわかりました。
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図6 より、天体の見かけの明るさが 27 mag/□" より暗くなると天体がどれだけ大きくても見えなくなることが分かりました。 これはおそらく ヒトの眼の感度限界 を表していて、単位面積当たりの光がこれより少ないと、天体がどれだけ大きくても検出できないということを意味すると思います。
よって ヒトの眼の感度限界は 27 mag/□" と思われます。
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図6 より、天体の見かけの面積が 10 平方度より小さい時、ヒトの眼の感度限界の 27 mag/□" よりも明るい天体であっても見えないことが示されました。 これは天体の見かけの面積が 10 平方度より小さい時は「天体の見かけの総光量」天体が見えるかどうかはが決まるという「積分効果」(3.6.1.)が働いているからと考えられます。
ここで 図5 より、天体の見かけの面積が 10 平方度より小さい時、天体の総光量は約 6.7 mag で一定となることが示されました。
よって積分効果は天体の見かけの面積が 10 平方度より小さい場合に成り立つ効果と考えられます。 見かけの面積 10 平方度は直径に換算すると約φ4°、よって 積分効果は天体の見かけの大きさがφ4°程度より小さい時に成り立つ と考えられます。
逆に天体がそれ以上の大きさの場合、積分効果は成り立たず、3.7.1. に書いたように「天体の見かけの明るさ」が見えるかどうかを決めるパラメーターになるようです。
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ここで広がった天体を考えると、天体の単位面積当たりの光量を Bobj、視野背景の単位面積当たりの光量を Bbg、この天体の光を検出する面積=天体の面積 Sobj とすると、S/Nは以下となります。
S/N = Bobj × Sobj / sqrt [( Bobj + Bbg) × Sobj ] ・・・式(16)
ここで視野背景が十分に暗いと仮定すると Bbg << Bobj 、よって式(16) は以下に近似されます。
S/N = Bobj × Sobj / sqrt ( Bobj × Sobj ) = sqrt (Bobj × Sobj)・・・式(17)
ここである一定の S/N の時にこの天体が見えるとすると式(17) は以下と同値となります。
Bobj × Sobj = Const. ・・・式(18)
さらに天体の明るさを μobj と書いて式(18) を等級で書き直すと、
μobj - 2.5 × log10 (Sobj) = Const. ・・・式(19)
この関係式は [1] 臼井(2007)によると Ricco の法則と呼ばれるもので、図6 では傾き 2.5 の直線、図5 では傾き 0 の直線になります。 よって 積分効果とは Ricco の法則そのもの ということが分かりました。
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ここではカメラのビニングが Ricco の法則に相当する処理なのか Piper の法則に相当する処理なのか考えます。
広がった天体の単位面積当たりの光量を Bobj、視野背景の単位面積当たりの光量を Bbg、1ピクセルの面積を Spix とすると、カメラでビニングしないで撮影した場合の S/N は以下となります。
S/N1 = Bobj × Spix / sqrt [( Bobj + Bbg) × Spix ] ・・・式(20)
ここでA個のピクセルをビニングしたとすると(例えば2x2ビニングならA=4)、この時の S/N は
S/NA = Bobj × Spix × A / sqrt [( Bobj + Bbg) × Spix × A] ・・・式(21)
ここで視野背景が十分に暗いと仮定して Bbg << Bobj 、よって式(20)、(21) は以下の式と近似されます。
S/N1 = sqrt (Bobj × Spix)・・・式(22)
S/NA = sqrt (Bobj × Spix × A)・・・式(23)
よってA個のピクセルをビニングした場合に1ピクセルと同じ S/N となる天体の光量 Bobj' は、
S/N1 = S/NA ⇔ Bobj = Bobj' × A ・・・式(24)
となり、A個のピクセルでビニングした場合に同じ S/N となるには天体は 1/A 倍の光量で良いことが分かりました。 これは言い換えると「天体の光量」と「ビニング数」の積が一定のとき、同じ S/N となります。 式で書くと以下となります。
Bobj'' × A' = Const. ・・・式(25)
ここで式(25) はヒトの眼で見た場合の 式(18) と全く同じです。 よって カメラのビニングに相当するのは Ricco の法則 と言えることが分かりました。
なお [1] 臼井(2007)では Piper の法則がカメラのビニングに相当する処理であると書かれていますがこれは正しくないと思います。 [1] 臼井(2007) の 注2) に示された S/N の計算が間違っているように思います。
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図5 より、見かけの面積が約 1 平方度、すなわち見かけの大きさがφ1°よりも小さな天体の場合、見かけの総光量が明るい場合でも「恒星状」に見えてしまうことが分かりました。 これは天体の大きさが小さいほど顕著で、小さな天体はどれだけ明るくても点光源にしか見えないようです。
ここで 図5 より、恒星状に見えるか、広がって見えるかの境界の傾きを調べたところ、傾き = 2.5 でした。 これは「天体の見かけの総光量」と「天体の見かけの面積」の積が一定となるような関係で、単位は mag・□°となります。 色々と考察しましたが、物理的にどんな意味があるか、よく分かりませんでした。
理由はともあれ、今回の実験から 暗い天体の場合、見かけの大きさがφ1°より小さいと広がった天体であっても恒星状に見えてしまう ということが分かりました。
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ここで [1] 臼井 (2007) と今回の実験結果の比較を考えます。 [1] 臼井 (2007) の図1、図2、図3の元となったデータは [2] Clark (1990) の Table F.4 で、さらにこの元データは [3] Blackwell (1946) の Table VIII のようでした。 そこで [3] Blackwell (1946) の論文を($35払って)入手し、[1] 臼井 (2007) の図1、図2、図3 と同じ図を作図して比較しました。 なお [3] Blackwell (1946) では輝度の単位は foot Lambert のため [4] Crumey (2014) にある変換式で mag/□" に変換しました。
図7、図8、図9 より、天体の見かけの明るさ・見かけの総光量が暗い(数値が大きい)領域では臼井の図1、図2、図3と今回の実験とで概ね同じ結論となることがわかりました。 一方で天体の見かけの明るさ・見かけの総光量が明るい(数値が小さい)領域では結果は全く一致しませんでした。 概ね 10倍~100倍ぐらい値が異なりました(沖田の方が10~100倍ぐらい見えませんでした)。 これは、
といったことが原因に挙げられると思いますが、よく分かりません。 私としては、自分の実験データに間違いはなく、より望遠鏡でアイピースを覗いて広がった淡い天体を見る状況に近いと考えるので、[3] Blackwell (1946) のデータは必ずしも望遠鏡でアイピースを覗いて広がった淡い天体を見るような状況に適用できない、そのため結果が一致しなかったと考えます。
どうでしょうか? このあたり、詳しい方がいましたらご指摘いただければ幸いです。
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ここでは今回の実験から得られた理解から、望遠鏡で淡く広がった天体を見る場合にどういった条件で見るのが最適なのかを考えます。
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→視野背景の明るさが μbg = 25 mag/□" となる瞳径が最適
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→天体の大きさがφ4°の時、最も暗い天体が見える
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→天体は少なくともφ1°以上の大きさに見えるような倍率が必要
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よってここまでの議論から、視野背景の明るさ μbg = 25 mag/□"、天体の見かけの大きさが φ4° の時、ヒトの眼は最大感度となり、最もよく見えるようになると考えられます。 ここで空の明るさを μsky = 21.5 mag/□"(最高条件の空)とすると、式2 より、視野背景の明るさ μbg = 25 mag/□" となる望遠鏡の瞳径は約 1.4 mm と求まります。 この瞳径について、口径毎に最もよく見える望遠鏡の倍率、最もよく見える天体の実際の大きさ、広がって見える(非恒星状に見える)最小の天体の大きさについて計算したのが 表4 になります。
望遠鏡の 口径 | 最大感度となる 望遠鏡の倍率 | 最大感度となる 天体の大きさ | 広がって見える最小の天体の大きさ |
100 mm | 70倍 | 3.4分角 | 0.84分角 |
200 mm | 140倍 | 1.7分角 | 0.42分角 |
400 mm | 290倍 | 0.84分角 | 0.21分角 |
600 mm | 430倍 | 0.56分角 | 0.14分角 |
1,000 mm | 720倍 | 0.34分角 | 0.08分角 |
私は主に 自作60cmドブ を使っていますが、確かにこの望遠鏡と Pentax XW5 アイピースの組み合わせで460倍で見ると銀河・銀河団といった淡くて小さい天体が本当によく見えます。 例えば HCG92 ステファンの五つ子 (Arp319) は460倍で以下のようなスケッチを描くことができました。 今回の実験で得られた理解も追記して、図10 に示します。
口径60cm・倍率460倍のため視野背景の見かけの明るさは約 25 mag/□" となり、ちょうど眼の感度が最大になる瞳径だったようです。 さらにステファンの五つ子を構成する銀河は φ4° 程度の大きさに見えており、ちょうどよく見えるような大きさに拡大されていたようです。 なるほど、よく見えたわけです。
また実験データから φ1° より小さい構造は見えないことがわかりましたが、これも確かにスケッチには φ1° より小さい構造は描かれていないようでした。(ただしこれはスケッチで細かい構造まで描けてないだけかもしれません。)
また IC1296 はM57リング状星雲のすぐそばにある非常に淡い銀河ですが、320倍や680倍だとよく分からなかったのですが460倍では見えるといった不思議なことがありました。 今回の実験で得られた理解も追記して、図11 に示します。
IC1296は φ4° 程度の大きさに見えており、この倍率でちょうど最もよく見えるような大きさに拡大されていたようです。 これが320倍や680倍では見えず、460倍で見えた理由と思います。
よって概ね今回の実験から得られた理解と私の過去の眼視体験は一致しました。 そのため淡く広がった天体を見るには、
「 瞳径 = 1.4 mm 」
となる倍率で見るのがベストで、この時
「見かけの大きさ = φ4°」
が最も暗い天体が見える大きさになる、と言えると思います。
(なおこの 瞳径 = 1.4 mm という数字は 図4 の境界線の折れ曲がる点を 25 mag/□" とし、また空の明るさを 21.5 mag/□" と仮定して得られたもので、環境や機材によって変わります。 空が明るい場所では瞳径はより小さな値となり、逆に望遠鏡の反射率やアイピースの透過率が悪い場合には瞳径はより大きな値となります。 よって一般には瞳径としては概ね 1~2 mmぐらいが良いと思います。)
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