自作60cmドブソニアン計画のために、ここでは空の明るさと標高が限界等級に与える影響について考察します。

空の明るさ

家正則他 (2007) によると、マウナケア山頂での空の明るさの測定値はBバンド ( 440 [nm] 付近) で 21.6 [等級/平方秒]、Vバンド ( 550 [nm] 付近) で22.3 [等級/平方秒] のようです。そのため桿体のピーク感度である 505 [nm] 付近での空の明るさを内挿すると、およそ 22 [等級/平方秒] = 13 [等級/平方分] = 4 [等級/平方度] と計算されます。

また吉田正太郎 (2005) によると、夜空の明るさは平均して 1 [平方度] あたり 10 [等級] の星が 1000 [個] ぐらいだそうなので、これを単位面積当たりの明るさに変換すると 2.5 [等級/平方度] = 11.4 [等級/平方分] = 20.3 [等級/平方秒] と計算されます。

さらにスターウォッチング・ネットワーク(全国星空継続観察)の結果から、日本国内の観測点の平均で約 20 [等級/平方秒]、良いところでおよそ 21 [等級/平方秒] 前後、大都市で約 16 [等級/平方秒] 程度だと分かりました。

これらの結果をまとめると場所毎の空の明るさは以下の表のようになります。

場所毎の空の明るさ
場所[等級/平方秒][等級/平方分][等級/平方度]
マウナケア山頂22134
良いところ 21123
平均 20112
大都市 167-2

なおマウナケア山頂は標高が 4200 [m] と高く、かつ周囲に明るい人工光源がないため、エアロゾルによる散乱の影響が少ないと考えられ、その結果空が暗いのだと考えられます。

まとめ:星を見に行くような空が暗いところの空の明るさは約 21 [等級/平方秒] で、マウナケア山頂では約 22 [等級/平方秒] 程度となる。

参考文献:
家正則他、「シリーズ現代の天文学15 宇宙の観測I 光・赤外天文学」、日本評論社、2007年
吉田正太郎、「天体アマチュアのための新版屈折望遠鏡光学入門」、誠文堂新光社、2005年

空の明るさの原因

吉田正太郎 (2005) によると、空は大気光 (地球大気の上層の発光) 、星夜光 (暗い星からの光) 、黄道光 (太陽系内の微粒子の散乱光) 等が原因として明るく見えるそうです。ただし桿体のピーク感度である 505 [nm] 付近では大気光は無視できるほど弱いと思います。
また家正則他 (2009) によると空の明るさは大気光、黄道光、星夜光のほか、月や地上の人口光のエアロゾルによる散乱にも影響するようです。
そこで星夜光、黄道光、エアロゾルによる散乱について考えてみました。

1. 星夜光

星夜光の強度を見積もります。理科年表には 21 [等級] までの恒星の等級毎の数が載っていますので、肉眼で見えない 7 [等級] から 21 [等級] までの星明かりを足し合わせることで単位面積当たりの星の寄与による明るさを計算することが出来ます。計算の結果、星明かり (星夜光) の寄与は 22.9 [等級/平方秒] となりました。これはどんな暗い観測地、たとえ宇宙空間であったとしても、 空は約 23 [等級/平方秒] で光っていることを意味します。

2. 黄道光

次に黄道光の強度を考えます。私の経験では黄道光の明るさは天の川と同じ程度か少し暗い程度に思います。そのため黄道光の明るさは 5 [等級/平方度] = 14 [等級/平方分] = 23 [等級/平方秒] 前後の明るさがあることになります。

3. エアロゾルによる散乱

大気中の微粒子 (エアロゾル) に月の光や地上の人口的な光が散乱することで空は明るくなります。上記で述べてたように星夜光や黄道光の寄与はともに 23 [等級/平方秒] と小さいため、実際の夜空の明るさを説明するためにはエアロゾルによる散乱は桁違いに大きくなければいけません。
エアロゾルによる散乱はあくまでも「散乱」によって空が明るくなる現象です。そのためエアロゾルによる散乱は「エアロゾルの量」と「光源の明るさ」の両方で空の明るさに寄与すると考えられます。
私は過去に、空気の澄んだ山奥で月が大きい夜にもかかわらず天の川が見えていることに驚いたことがありました。また台風一過で晴れ渡った日などに、街中にもかかわらずいつもより多くの星が見えることに驚いたことがありました。これらは「光源が明るい」にもかかわらず「エアロゾルの量」ため、空が暗かったのでしょう。逆に黄砂が酷い日には山奥に遠征しても空が明るく、殆ど星が見えなくてガッカリしたこともありました。これは明るい光源が近くに殆どないにもかかわらず、「エアロゾルの量」が多いため空が明るかったのではないかと考えられます。

まとめ:空の明るさの原因は「星夜光」「黄道光」「エアロゾルによる散乱」の3成分が考えられる。星夜光、黄道光の寄与はエアロゾルによる散乱の寄与と比べ桁違いに小さいため、空の明るさは観測地の「エアロゾルの量」と「光源の明るさ」によって決まると考えられる。

参考文献:
吉田正太郎、「天体アマチュアのための新版屈折望遠鏡光学入門」、誠文堂新光社、2005年
家正則他、「シリーズ現代の天文学15 宇宙の観測I 光・赤外天文学」、日本評論社、2007年
国立天文台編、「理科年表 平成24年」、丸善出版、2011年

空の明るさが肉眼の限界等級に与える影響

臼井正 (2007) によると、天の川は肉眼の恒星に対する限界等級が 5 [等級] より暗いと見えるようになるようです。また天の川は空の明るさが 20 [等級/平方秒] では約 50 [%] の確率で、21 [等級/平方秒] ではほぼ 100 [%] の確率で観察できるそうです。そのため空の明るさが 20 [等級/平方秒] であれば肉眼の限界等級は 5 [等級] 前後になると考えられます。また天の川のような広がった天体の場合は、空の明るさより約 1 [等級/平方秒] = 約 2.5 [倍] 暗い光源までほぼ確実にその存在を認識できると考えられます。

このことから暗い観測地や明るい観測地での天体の見え方を考えます。そもそも星が見える・見えないとはに書いたように、星が見えるというのは背景ノイズに対して有意に星からの光が検出出来る状態の事と考えられます。そのため肉眼の限界等級 (淡く広がった天体の場合)は空が暗ければさらに暗い星でも同様のコントラストが得られるようになるため限界等級は大きくなり、肉眼の限界等級 (恒星の場合)もまた空が暗ければ限界等級は大きくなると考えられます。

以下の表に空の明るさ毎の推定される限界等級(恒星の場合、広がった天体の場合)をまとめました。

空の明るさと推定される限界等級
空の明るさ [等級/平方秒][等級][等級/平方度]場所 (例)
2276マウナケア山頂
2165山奥
2054田舎
1610都心

同様に考えて望遠鏡の限界等級 (恒星の場合)望遠鏡の限界等級 (淡く広がった天体の場合)も向上すると考えられます。空が 1 [等級/平方度] 暗くなると、恒星の場合は 1 [等級]、淡く広がった天体の場合も 1 [等級/平方度] 暗い天体を見る事が出来ると予想されます。

まとめ:空が暗いとより暗い星・より暗い広がった天体が見えるようになる。出来るだけ暗い場所で観望・スケッチするのが良い。

参考文献:
家正則他、「シリーズ現代の天文学15 宇宙の観測I 光・赤外天文学」、日本評論社、2007年
臼井正、「続・天の川が見える怪」、天文教育、2007年3月号
吉田正太郎、「天体アマチュアのための新版屈折望遠鏡光学入門」、誠文堂新光社、2005年

標高が限界等級に与える影響

O'Meara (2014) によると観測地の標高が 900 [m] = 3000 [フィート] 上がる毎に経験的に 0.5 ~ 1.0 [等級] 限界等級が向上するようです。 これは標高が高くなることで空の明るさの原因である「エアロゾルによる散乱」が減って空が暗くなるためだと考えられます。 小倉義光 (1999) によるとエアロゾルは主に地表から 2 [km] 程度以下の「大気境界層」 (地面や海面の摩擦や熱の影響を直接受ける層) に多く分布するそうです。そのため標高が高ければ高いほど「エアロゾルの量」が減るため、地上からの人口光が同程度でも空は暗くなると予想されます。もちろん人口光源が少なければエアロゾルの量の少なさと相まって、限界等級はより大きくなると考えられます。

ただし O'Meara (2014) に依ると標高が 2700 [m] = 9000 [フィート] を超えてしまうと気圧が低くなるため酸素が不足してヒトの目の感度が低下してしまうそうです。またエアロゾルは地表 2 [km] 程度以下に多く存在するため標高が 2000 [m] よりも高くなると「エアロゾルの量」はそれほど変わらないと思われます。そのため標高 2000~3000 [m] ぐらいで 7~8 [等級] 位が肉眼の限界等級 (恒星の場合) となると思われます。
(なお宇宙空間で星を見た場合はエアロゾルによる散乱の影響は無いため、黄道面以外では空の明るさは星夜光に支配されることになります。星夜光の明るさはおよそ 23 [等級/平方秒] なので、宇宙空間での肉眼の限界等級は 8 [等級] になると考えられます。見てみたいですね!)

まとめ:観測地の標高が高くなると「エアロゾルの量」が減るため限界等級が深くなる。但し標高が 2700 [m] を越えると酸素が不足してヒトの目の感度が低下するため限界等級は向上しない。

参考文献:
Stephen James O'Meara, The Messier objects, Cambridge University Press, 2014
小倉義光著、「一般気象学」、東京大学出版会、1999年