所有する自作60cmドブソニアンや自作40cmドブソニアンの機械構造・性能を評価するため所有するスマートフォンを用いて固有振動数・時定数の測定を行いました。 ここでは固有振動数の測定原理と実施結果を紹介します。
望遠鏡に瞬間的に力が加わったとき(例えば突風が吹いたりアイピースに額がぶつかったりして望遠鏡が揺れたとき)望遠鏡がどのように振動してどう減衰していって再び静止するのかをここでは考えます。 このような望遠鏡の振動や減衰は単純な「減衰振動」の物理モデルで書き表すことができます。
質量 m の物体がバネ係数 k のバネで拘束され、さらに速度に比例する抵抗も働いていて、その抵抗係数を c と書くとこの物体の運動は次の運動方程式で記述できます。
これを解くと物体の変位 x は次の式となります。 (他にも解はありますが簡単のため省略。)
ここで A と θ はそれぞれ振幅と位相を表す定数です。 τ は「時定数」、ω は減衰振動系の「固有振動数」を表し、以下の式を満たします。
よって物体の変位 x は時間 t の関数で固有振動数 ω で振動しながら時定数 τ 後に振幅が 1/e に減衰する事がわかります。 さらに加速度 a は変位 x の式を二階微分すれば求められ、以下となります。
A' と θ' も同様にそれぞれ振幅と位相を表す定数です。 物体の変位 x、つまり望遠鏡の振動は望遠鏡の加速度 a と同じ形の式をしており、同じ時定数 τ と固有振動数 ω がパラメーターになっていることがわかります。
望遠鏡の変位 x の測定はなかなか難しそうです。 一方で加速度 a の測定はスマホを使うことで簡単に行えます。 というのもスマホには加速度計が内蔵されていて、加速度測定のアプリも無料で利用可能だからです。 そこでスマホを使って加速度 a を測定してそのデータから固有振動数 ω と時定数 τ を求めることで望遠鏡の振動や減衰を評価できると考えられます。
ここで、どういった状態が望遠鏡として望ましいかを考えると、質量 m が小さく、かつ望遠鏡の剛性が高い=バネ係数 k が大きい場合、固有振動数 ω は大きくなります。 また抵抗係数 c が大きく、質量 m が小さい場合、時定数 τ は小さくなります。 望遠鏡としては軽く、剛性が高く、振動もすぐ収まった方が良いと言えます。 よって 固有振動数 ω は大きいほど、時定数τ は小さいほど良い と考えられます。
自作40cmドブソニアンで固有振動数を測定してみました。
測定日 | 2016年2月10日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 100 Hz |
EL角 | 45度 |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 7.0 | 7.0 | 7.0 |
時定数 (Sec) | 0.9 | 0.9 | 0.6 |
自作40cmドブソニアンのEl=45度の固有振動数はx, y, zいずれの方向も7.0 Hz でした。 自作40cmドブソニアンを使用した感じでは剛性は十分に高く、よっぽどの強風でもない限り振動を気にすることはありませんでした。 7 Hz 程度あればドブソニアンとしては十分な剛性があると言えると思います。
時定数も光軸方向で0.6秒程度、それ以外では0.9秒程度でした。 上下左右ににフラフラとした振動は意外となかなか減衰しないことがわかりました。
自作60cmドブソニアンの製作中、初期設計のままでは鏡筒の剛性が不足で、振動もなかなか収まらず、また光軸もズレてしまう問題が見つかりました。 そこで3.1mm厚鉄板を曲げて自作したトラス金具を4.7mm鉄板とアルミブロックで作り直し、なんとか使える程度の剛性にしてファーストライトに望みました。 ここではファーストライト時の振動特性を評価しました。
測定日 | 2016年5月18日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 200 Hz |
EL角 | 45度 |
トラス棒 | 6本、Φ25.4mm、自作アルミブロック+鉄板金具 (ver.2) |
トップケージ | 5mmバーチ合板貼り合わせ (ver.1) |
ミラーボックス | 高さ125mm (ver.1) |
ロッカーボックス | 底板20mm (ver.1) |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 3.1 | 3.1 | 3.1 |
時定数 (Sec) | 1.5 | 2.8 | 0.35 |
自作60cmドブソニアン (#1) のEl=45度の固有振動数はx, y, zいずれの方向も 3.1 Hz でした。 風が吹くとユラユラと大きく揺れて気になります。 これでもなんとか800倍ぐらいまで観望・スケッチできなくもありませんでしたが面白くありませんでした。
時定数は特に水平方向で2.8秒もあって振動がなかなか減衰しないことが判ります。 垂直方向も1.5秒となかなか減衰しません。 手で押さえて制震すればなんとか使えなくもありませんがストレスが溜まって面白くありませんでした。
トラス棒を6本から8本に作り替えてみました。 Aurora Precision製のトラス金具を使用し、ミラーボックスもトラス金具に対応させるため作り直しました。
測定日 | 2016年5月21日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 200 Hz |
EL角 | 45度 |
トラス棒 | 8本、Φ25.4 mm、Aurora Precision製金具 (ver.3) |
トップケージ | 5mmバーチ合板貼り合わせ (ver.1) |
ミラーボックス | 高さ175mm (ver.2) |
ロッカーボックス | 底板20mm (ver.1) |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 5.3 | 5.3 | 6.5 |
時定数 (Sec) | 0.9 | 0.9 | 0.5 |
自作60cmドブソニアン (#2) のEl=45度の固有振動数はx, y方向で 5.3 Hz、z方向で6.5 Hz でした。 以前と比べ剛性感があり、風が吹いても少し揺れる程度であまり気にならなくなりました。 振動特性は大幅に改善したと思います。
時定数は水平・垂直方向で0.9秒と、こちらも大幅に改善して自作40cmドブソニアンと同程度の数値となりました。 多少の風では問題なく観望できるようになりました。 ひとまず使えるようにはなったと判断しました。
さらなる剛性アップを目指しトラス棒の直径を38.1mmに作り替えてみました。 Aurora Precision製のトラス金具を使用し、トラス金具に対応するためトップケージも18mmバーチ合板で作り直しました。 合わせてトップケージの肉抜き・軽量化も行いました。
測定日 | 2017年7月23日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 400 Hz |
EL角 | 45度 |
トラス棒 | 8本、Φ38.1 mm、Aurora Precision製金具 (ver.3) |
トップケージ | 18mmバーチ合板+軽量化 (ver.2) |
ミラーボックス | 高さ175 mm (ver.2) |
ロッカーボックス | 底板20mm (ver.1) |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 6.1 | 6.1 | - |
時定数 (Sec) | 0.45 | 0.4 | - |
自作60cmドブソニアン (#3) のEl=45度の固有振動数はx, y方向で 6.1 Hz、z方向は明瞭なピークは判りませんでした。 水平・垂直方向は5.3 Hzから6.1 Hzと少しだけ改善しました。 数値ではあまり変化はありませんが望遠鏡を操作してみるとこれまで以上にがっしりと剛性を感じる操作感が得られるようになりました。
時定数は水平・垂直方向で0.4~0.45秒とこちらも大幅に改善されて自作40cmドブソニアンの半分の値となりました。 風で望遠鏡が振動してもすぐに収束するようになりました。
振動の原因がどこにあるか色々と実験してみたところ、どうもロッカーボックスの剛性が不足していることが判りました。 ベースプーレートを外して床に直にロッカーボックスを置いて測定したところ固有振動数が大きくなりました。 軽量化を意図してロッカーボックスの底板は厚さ20mmとしていましたがこれでは剛性が不足していたようです。 そこでロッカーボックスに18mmバーチ合板を貼り合わせて補強しました。
測定日 | 2018年8月13日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 400 Hz |
EL角 | 45度 |
トラス棒 | 8本、Φ38.1 mm、Aurora Precision製金具 (ver.3) |
トップケージ | 18mmバーチ合板+軽量化 (ver.2) |
ミラーボックス | 高さ175 mm (ver.2) |
ロッカーボックス | 底板38mm (ver.2) |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 7.6 | 8.2 | 8.2 |
時定数 (Sec) | 0.35 | 0.4 | 0.15 |
ロッカーボックスを補強することで固有振動数が8 Hz前後まで大きくなりました。 以前と比べてさらに剛性感が上がり、多少の風ではまったく振動は気にならなくなりました。
時定数も若干改善して0.35~0.4秒となり、こちらも非常に小さな値で振動もすぐに収まるようになりました。 固有振動数が大きくなったことと合わせて、ユラユラと揺れることは全く無くなり、非常に快適に観望・スケッチできるようになりました。
主鏡を交換して焦点距離が57mm短くなりました。 これに合わせてトラス棒(直径1.5インチ)を短くしました。 また主鏡セルの軽量化・ミラーボックスも9mm厚のバーチ合板で再製作しました。 これで鏡筒はほぼ改善すべき所は全て改善したと考えています。
測定日 | 2021年4月4日 |
測定者 | 沖田博文 |
サンプリング周波数 | 412 Hz |
EL角 | 45度 |
トラス棒 | 8本、Φ38.1 mm、Aurora Precision製金具 (ver.3) |
トップケージ | 18mmバーチ合板+軽量化 (ver.2) |
ミラーボックス | 9mmバーチ合板+軽量化、高さ175 mm (ver.3) |
ロッカーボックス | 底板38mm (ver.2) |
垂直方向(x) | 水平方向(y) | 光軸方向(z) | |
固有振動数 (Hz) | 7.4 | 7.4 | 7.4 |
時定数 (Sec) | 0.2 | 0.2 | 0.1 |
固有振動数は少し小さく(悪く)なったものの時定数は0.2秒以下と短く(良く)なりました。 鏡筒の剛性は若干低下したもののうまく振動が減衰するようになったようです。 大変満足いく状態になりました。 ストレスなく快適に観望できます。