自作60cmドブソニアン計画で用いる光学系について詳細に検討します。 はじめにドブソニアンの自作に必要な光学の基礎をまとめ、次に実現可能な実際の光学系について考察します。

ニュートン式


結論:F値が小さいニュートン式の場合、コマ収差さえ補正すれば視野全域にわたってシャープな星像を得ることができる。


ドブソニアンの光学系にはニュートン式が一般に用いられています。 ニュートン式とは1668年にアイザック・ニュートンによって実際に製作された最初の反射望遠鏡に採用された形式で、回転放物面の主鏡で光を集め、小さな平面の副鏡(斜鏡)によって光路を折り曲げ、鏡筒の外で焦点を結ぶ光学系です。 以下、ニュートン式の光学的な特徴をザイデルの5収差についてまとめます。

1. 球面収差

「球面鏡」の場合、球面収差の量はF値の3乗にのみ反比例します。

球面収差の量

球面収差の量は視野角に依らないため、視野中心でも周辺でも球面収差の量は同じです。

ただし現在一般にニュートン式で用いられる主鏡の形状は「回転放物面」です。 回転放物面鏡だと「光路長一定の条件」を満たすため球面収差は生じず、光軸上でも星像がボケません。

2.コマ収差

ニュートン式では斜め入射の光束に対してはコマ収差が生じ、星像が一方に尾を引いてボケてしまいます。 コマ収差は「正弦条件」、すなわち物体と像の大きさの比が一定という条件を満たすと無くなります。 ニュートン式では正弦条件を満たすための補正レンズが必要なことが分かります。

コマ収差の量は視野角に比例しF値の2乗に反比例します。

コマ収差の量

視野の周辺に行くほど、F値が小さいほどコマ収差が大きくなります。 F値の2乗に反比例することから、特にF値の小さな望遠鏡で顕著になります。 そのためF値の小さいニュートン式ではコマ収差の補正が非常に重要になります。

3. 非点収差

非点収差も放物面鏡で生じます。 光軸から傾いた光束ではメリディオナル面とサジタル面で鏡面から像までの距離が異なるため非点収差が生じます。 視野周辺で星像が一点に収束せず、細長く見えてしまいます。

非点収差の量は視野角の2乗に比例しF値に反比例します。

非点収差の量

視野の周辺に行くほど、F値が小さいほど非点収差が大きくなります。 視野角の2乗に比例することから、特に低倍率で実視野が広いアイピースを使った観察で顕著になります。 ただし眼視の場合だと視野角はせいぜい1度程度なので、非点収差はあまり問題にはなりません。

4. 像面湾曲

像面湾曲とは焦点を結ぶ面が平面でないことです。 各エレメントの屈折率と焦点距離の積の逆数の和がゼロになると光軸付近の像面の曲率半径が平面になります。 これを「ペッツバール条件」と呼びます。 ニュートン式は主鏡が凹面、副鏡が平面なので像面は湾曲しています。

像面湾曲の量も視野角の2乗に比例しF値に反比例します。

像面湾曲の量

視野の周辺に行くほど、F値が小さいほど非点収差が大きくなります。 ただし眼視の場合だと実視野はせいぜい1度程度なので、非点収差と同様に像面湾曲もあまり問題になりません。

5. 歪曲

視野の中心と周辺で焦点距離が違うために生じる収差で、視野周辺ほど焦点距離が長い場合は「糸巻き形」、短い場合は「樽形」の歪曲と呼ばれます。

歪曲の量は入射角の3乗に比例して大きくなります。

歪曲の量

視野の周辺に行くほど歪曲が大きくなります。 ただし眼視の場合だと実視野はせいぜい1度程度なので、歪曲もあまり問題になりません。

参考文献

コマ収差の補正


結論:コマ収差補正レンズは各社から、F3以上に対応するものが市販されている。


ニュートン式の場合、コマ収差さえ補正すれば視野全域でシャープな星像が得られることになります。 そこでコマ収差を補正することを考えます。

補正レンズは各社から販売されています。 以下に2014年現在入手出来る汎用かつ眼視用のコマ収差補正レンズをまとめます。 "?" が付いている値はメーカーのウェブページに公式な記載がないもので、販売店や掲示板に書かれている情報に基づいて記入しました。

コマ収差補正レンズの一覧
製品名メーカー対応F値拡大率
Paracorr Type2Tele Vue3 ~ 81.15
HRExplore Scientific> 3 ?1.06 ?
MPCC-MARK IIIBaader Planetarium3.5 ~ 61
GSO 2" Photo-VisualGuan Sheng Optical3 ~ 6 ?1.1 ?

Paracorr Type 2 は自作40cmドブソニアンでも使用しています。 ほぼ常用しており、視野全域にわたってシャープに結像することに満足しています。 ただし Paracorr Type2 を使用することで倍率が 1.15 倍になってしまう欠点があります。 Paracorr Type2 の使用によって低倍率が得にくくなります。

これに対し HR Coma Corrector, MPCC-MARK III, GSO 2" Photo-Vsual Coma Corrector の拡大率は Paracorr Type2 より小さいようです。 星像のシャープさがどの程度優れているか分かりませんが、これらのコマ収差補正レンズを使うことで Paracorr Type2 では得られない低倍率を得ることが出来ると思われます。

光学系の精度


結論:ニュートン式の場合、レイリー・リミットを満たすためには主鏡・副鏡の鏡面誤差は共に PV=λ/16 以下でなければならない。


光学系には製造時にどうしても誤差が生じてしまいます。 理想的な曲面と実際の曲面の差を鏡面誤差と呼び、どの程度の誤差が許されるか検討します。

天体望遠鏡ではよく「レイリー・リミット」である「λ/4 (よんぶんのラムダ)」がその指標として使われています。 レイリー・リミットとは1880年代に英国の物理学者レイリーによってなされた波面光学の研究から導き出されたもので、波面誤差(各部の光路長の差)が λ/4 (よんぶんのラムダ)であれば、恒星像の中心強度は 20% 低下して第1暗環が少し明るくなるが分解能にはあまり変化がない、といった結果から導かれた経験則で、光学系の波面誤差が λ/4 以下であればほぼ完璧な光学系と同等の性能(分解能)が得られる、といったものです。

ここで1枚の放物面鏡を使った光学系を考えると、この放物面鏡に δ の鏡面誤差があるとすると光は鏡面で反射するため波面誤差は2倍の 2δ になります。 そのため1枚の放物面鏡からなる光学系では鏡面誤差は λ/8 以下でないとレイリー・リミットを満たさない事になります。

ニュートン式の場合は副鏡も波面誤差を生じさせる事になります。 そのため光学系全体としてレイリー・リミットである λ/4 以下になるためには、主鏡・副鏡共に鏡面誤差が λ/16 である必要があるといえます。 さらにコマ収差補正レンズの鏡面誤差や主鏡・副鏡のたわみによる鏡面誤差も生じ得るため、主鏡・副鏡に求められる精度は少なくとも鏡面誤差 λ/16 以上の高精度でなければレイリー・リミットを満たす光学系にはなりません。

なお鏡面誤差は PV (Peak to Valley) で評価します。 これはレイリー・リミットが PV で評価した結果から導き出された結果だからです。 鏡面誤差は RMS (root mean square, 二乗平均平方根) や +/-(プラスマイナス)いくつ と言った表現でも書かれることがあるため、注意が必要です。

参考文献

副鏡による回折


結論:分解能の観点から、副鏡は最低限必要な大きさを確保した上で出来るだけ小さい方が良い。


ニュートン式の場合光路中に副鏡を置く必要があるため副鏡による遮光が生じます。 このため光学系に入射する光束の開口は円形ではなくドーナツ形になってしまいます。 これは円形開口の場合と比べて恒星像の強度分布が異なることを意味します。

副鏡の大きさ毎の光学シミュレーションは「天体望遠鏡の作り方2」の「ラムダのイロハ」という西条義弘氏の記事に示されています。 このシミュレーションから、主鏡直径に対して副鏡直径が 30% であれば分解能への影響はほぼ無視できるがコントラストが低下する、20% であればコントラストや分解能への影響は充分無視できる、10% であれば円形開口と見分けることは難しい、と示されています。 副鏡サイズは出来るだけ小さい方が分解能やコントラストにとって良い結果をもたらすようです。 そのため副鏡直径は少なくとも主鏡直径の 30% 以下、出来れば 20% 以下であるのが良いと考えられます。

参考文献:

副鏡スパイダーによる回折


結論:分解能の観点から、スパイダーの厚みは必要な強度を確保した上で出来るだけ薄くするほうがよい。スパイダーの本数は4本、可能であれば2本がよい。


ニュートン式の場合光路中に副鏡を置く必要があるため、「スパイダー」と呼ばれる副鏡を支えるための支柱が必要になります。 このスパイダーの存在により光学系に入射する光束の開口は完全な円形ではなくなってしまいます。 そのため円形開口とは異なった恒星像の強度分布になります。

スパイダーによる星像の光学シミュレーションも「天体望遠鏡の作り方2」に「ラムダのイロハ」という西条義弘氏の記事に示されています。 このシミュレーションでは3本スパイダーの場合は6本、4本スパイダーの場合は4本のスパイク状の鋭い回折像が見えることが示されています。

Back Yard Productsニュートン反射のスパイダーの影響についてでは実験的にスパイダーの形状を検証しています。 この検証では3本スパイダーより4本スパイダーのほうが微光星の見え方が良いといった結論が導かれています。

望遠鏡自作木村裕之の趣味のお部屋スパイダーによる影響の変化には、実験に基づいてスパイダーの厚みと本数について検証されています。 この検証からはスパイダーの厚みはスパイクの光量に変化を与えないこと、スパイダーが分厚いとスパイクの明暗のピッチが小さくなること、スパイクの光量はスパイダーの長さによることが示されています。 よって分解能ギリギリの天体を観察する場合、スパイダーは薄く、本数も少ない (4本より片持ち2本) 方が良いようです。

参考文献:

副鏡による遮蔽


結論:集光力の観点から、副鏡は最低限必要な大きさを確保した上で出来るだけ小さい方が良い。


ニュートン式では副鏡が光路中に存在するため副鏡の遮蔽による集光力の低下が生じます。

副鏡直径を D_S、人間の瞳の直径を D_E と書くと、副鏡の遮蔽による集光力の低下 P_S (倍) は以下の式で書き表せます。

副鏡の遮蔽による集光力の低下の計算式

副鏡の遮蔽による集光力の低下は副鏡直径の二乗に比例するため副鏡はできる限り小さい方が良いことになります。人間の瞳の直径を 7 mm と仮定した場合の副鏡の大きさ毎の遮蔽による集光率の低下について、以下に図と表でまとめました。

副鏡の大きさ毎の遮蔽による集光力の低下

副鏡の遮蔽による集光力の低下
副鏡直径 (inch) 集光力の低下 (倍)
3.1127
3.5161
4.0211
4.5267
5.0329
5.5398
6.0474

自作60cmドブソニアン計画では口径 60 cm 程度を検討しています。副鏡直径は自作40cmドブソニアンの 3.1 inch よりも格段に大きくなる (おおざっぱな計算では 24 inch F3.3 の場合副鏡は 5.5 inch = 139.7 mm 必要) ため、副鏡の遮蔽による集光力の低下は無視できないことが分かりました。

副鏡によるケラれ


結論:副鏡には最低限必要な大きさがある。副鏡の直径が小さい場合は視野周辺で副鏡によるケラれが生じ光量が低下する。


副鏡による遮蔽では副鏡は出来るだけ小さい方が良いと述べましたが、副鏡が小さ過ぎる場合は主鏡で集めた光を全て副鏡で反射させることが出来ないためケラれが生じてしまいます。

主鏡直径を D_A、主鏡半径を r_A、副鏡直径を D_S、副鏡半径を r_S、主鏡焦点距離を f_A、光路引き出し量を l_S とすると、副鏡位置での主鏡で集めた光束の直径 D_L, 半径 r_L は以下の式で書けます。

副鏡位置での主鏡で集めた光束の直径

副鏡位置での主鏡で集めた光束の半径

ここで D_S < D_L の場合、主鏡で集めた光を全て副鏡で反射させることが出来ず、ケラれが生じていることになります。 少なくとも D_S >= D_Lとなるよう、副鏡直径 D_S と 光路引き出し量 l_S を調整する必要があります。

上記の話は視野中心での話でした。 副鏡によるケラれは視野中心だけではなく、視野周辺の場合も考慮する必要があります。 そこで視野周辺の場合のケラれについて考察します。 焦点位置での像高(画角)を y と書くと、副鏡位置での像高(画角)は y_L と書くことが出来ます。 そこでこれらを用いてある像高(画角)y での副鏡によるケラれの割合 R_V を考えると以下の式で表せます。

副鏡によるケラれの割合

(ただし D_S >= D_L でのみ成り立つ。)

以下に自作60cmドブソニアン計画で見込まれる副鏡によるケラれを試算します 主鏡口径 609.6 mm、焦点距離 2011.68 mm、 副鏡短径 139.7 mm、光路引き出し 406.5 mm を代入して計算しました。 計算結果(下の図)には副鏡による遮蔽による光量の低下も反映させました。 像高(画角)が 11 mm を超えたあたりから副鏡によるケラれによって光量が低下することが分かりました。 また光量の低下は視野周辺に従って緩やかに変化することも分かりました。

副鏡による遮蔽とケラれ

スパイダーによる遮蔽


結論:集光力の観点から、スパイダーの厚みは必要な強度を確保した上で出来るだけ薄くするほうがよい。


副鏡(を取り付ける副鏡セル)を支えるスパイダーも光路中の遮蔽物となるため、スパイダーの遮蔽による集光力の低下も考慮する必要があります。

スパイダーの厚さを t_P、スパイダーの本数を N_P、主鏡直径を D_A、副鏡直径を D_S、人間の瞳の直径を D_E と書くと、スパイダーの遮蔽による集光力の低下 P_P (倍) は以下の式で書き表すことができます。

スパイダーの遮蔽による集光力の低下の計算式

スパイダーの遮蔽による集光力の低下は指定しないといけないパラメーターが多く、簡単に図や表で示すことが出来ません。ここでは自作40cmドブソニアンの場合と 24 inch F3.3 と仮定した自作60cmドブソニアンを比較してみます。自作40cmドブソニアンの場合はスパイダーの厚さ 1.5 mm、スパイダー本数 3 本、主鏡直径 16 inch、副鏡直径 3.1 inch、自作60cmドブソニアンの場合はスパイダーの厚さ 2 mm、スパイダー本数 4 本、主鏡直径 24 inch、副鏡直径 5.5 inch とし、人間の瞳の直径を 7 mm として仮定してスパイダーの遮蔽を計算しました。

スパイダーの遮蔽による集光力の低下
集光力の低下 (倍)
自作40cmドブソニアン19
24inch F3.349

自作60cmドブソニアン計画の場合、口径 60 cm 程度を検討していますが、スパイダーの遮蔽による集光力の低下も無視できないことが分かりました。

トップリングによるケラれ


結論:トップリング内径は最低でも主鏡より大きくする必要がある。トップリング内径が小さいと視野周辺にいくに従ってケラれが生じるが、その影響はほとんどない。


トップリングによってもケラれが生じる可能性があります。 副鏡によるケラれで用いた手法を用いる事で、トップリングによるケラれの影響も検討することが出来ます。

最初に視野中心でのケラれについて考察します。 トップリング内径の直径を D_T、トップリング半径を r_T と書くと、D_T < D_A の場合、天体からの光はトップリングに遮られ、主鏡の全面積で集めることが出来ずケラれが生じてしまいます。

次に視野周辺の場合のトップリングによるケラれの影響を考えます。 副鏡によるケラれと同様に考える事ができます。 以下の式でトップリングによるケラれの割合 R_V を表すことが出来ます。

トップリングによるケラれの割合

(ただし D_T >= D_A でのみ成り立つ。)

以下に自作60cmドブソニアン計画で見込まれるトップリングによるケラれを試算します。 主鏡口径 609.6 mm、トップリング内径 624.6 mm を代入して計算しました。 トップリング内径は小さめに設定しましたが、像高(画角)が 9 mm を超えたあたりからトップリングによるケラれによって光量が低下するようですが、その影響はほとんどないと言えそうです。

トップリングによるケラれ

パラコアによるケラれ


結論:パラコアによるケラれの影響は大きい。トップリングや副鏡によるケラれと比べて顕著であり、十分に考慮する必要がある。


ニュートン反射の場合、コマ収差補正レンズ(パラコア)の使用は必須だと言えますが、この補正レンズの入射レンズが小さい場合にはケラれが生じる可能性があります。

副鏡によるケラれで用いた手法を用いる事で、パラコアによるケラれの影響を検討することが出来ます。

D_S をパラコアの入射レンズ直径、l_S をパラコアの入射レンズの位置(焦点位置からの距離)と読み替えることで同じ式で計算できます。

パラコアによるケラれの割合

ただしパラコアの使用によって倍率は 1.15 倍 となるため、パラコアを使用しない場合の像高(画角)y はパラコアの使用によって像高(画角)y' に変換する必要があります。

パラコアの使用による像高(画角)の変換

以下に自作60cmドブソニアン計画で見込まれるパラコアによるケラれを試算します 主鏡口径 609.6 mm、焦点距離 2011.68 mm、 Tele Vue Paracorr Type2 入射レンズ直径 44.0mm mm、入射レンズの焦点位置からの距離 88.2 mm を代入して計算しました。グラフ横軸の像高(画角)は変換した値(y')を用いてプロットしました。 像高(画角)が 10 mm を超えたあたりからパラコアによるケラれによって光量が大幅に低下することが分かりました。 パラコアのケラれによる光量の低下は、副鏡によるケラれ、トップリングによるケラれと比較して非常に影響が大きいようです。 副鏡を大きくしたり、トップリング内径を大きくしたりして光量を確保しようとしても、パラコアによるケラれが大きいため、あまり意味がないことを意味します。

パラコアによるケラれ

フィルターによるケラれ


結論:フィルターによるケラれの影響はパラコアと同様に大きい。トップリング、副鏡によるケラれと比べ顕著であり、十分に考慮する必要がある。


フィルターを使用する場合、特にパラコアよりも副鏡側にフィルターを取り付ける場合、ケラれが発生する原因となると考えられます。 パラコアによるケラれと同様、D_S をフィルターの入射レンズ直径、l_S をフィルターの位置(焦点位置からの距離)と読み替えることで、副鏡によるケラれと同じ式でフィルターによるケラれの割合を計算することが出来ます。

フィルターによるケラれの割合

以下に自作60cmドブソニアン計画で見込まれるフィルターによるケラれを試算します。 フィルターはパラコアに直接ねじ込んで使用する予定です。 主鏡口径 609.6 mm、焦点距離 2011.68 mm、 フィルター直径 45.5mm mm(バーダープラネタリウム社の製品の場合)、入射レンズの焦点位置からの距離 91.2 mm を代入して計算しました。 像高(画角)が 10 mm を超えたあたりからフィルターによるケラれによって光量が大幅に低下することが分かりました。 パラコアによるケラれと同様、副鏡によるケラれ、トップリングによるケラれと比較して非常に大きな影響があるようです。 副鏡を大きくしたり、トップリング内径を大きくしたりして光量を確保しようとしても、パラコア・及びフィルターの使用によるケラれの影響の方が大きくことが判りました。

フィルターによるケラれ

遮蔽とケラれについて(まとめ)


結論:F値の小さい望遠鏡の場合、パラコアやフィルターによるケラれが顕著になる。 トップリングや副鏡によるケラれを考慮することは重要だが、パラコアやフィルターによるケラれの方が影響が大きい。適切に設計する必要がある。


ここまで考察してきた遮蔽とケラれについてまとめます。 以下の図はこれまで議論してきたスパイダーによる遮蔽副鏡による遮蔽、副鏡によるケラれトップリングによるケラれパラコアによるケラれフィルターによるケラれをまとめてプロットしたものです。

60cmF3.3の場合の遮蔽とケラれ
60cm F3.3 の場合の遮蔽とケラれの割合

(なおパラコアを使用した場合を考慮しているのでグラフ横軸の像高(画角)は変換した値(y')でプロットしています。副鏡によるケラれ、トップリングによるケラれ、フィルターによるケラれの値も補正する必要があるため、前節までの図とは値が異なっています。)

個々の結果は単純化したモデルによる計算結果のため、単純にこれらを掛け合わせても視野内の光量分布を表すことは出来ないと考えられます。 しかし遮蔽やケラれによる光量低下がどの要素に最も影響しているかを議論する(比較する)には十分に役立つと考えてます。

この図からケラれや遮蔽による光量低下の最も大きな要因は「パラコア」や「フィルター」にあることが事が分かります。 そしてこの結果はこれらの入射レンズの直径がF3.3の望遠鏡に対して小さいことに起因すると考えられます。 Fが小さい望遠鏡の場合、Fが大きな望遠鏡と比べ主鏡で集められた光は大きな角度で入射する事になります。 たとえばF4.5の場合は角度にすると 12.7 度。 これに対してF3.3の場合は 17.2 度と大きくなります。 この違いがパラコアやフィルターによる大きなケラれの原因だと考えられます。

ここで比較のため自作40cmドブソニアン(40cm F4.5)のパラメーターを代入した計算結果を以下に示します。 パラコアやフィルターによるケラれは像高(画角)15 mm 程度までは影響がないことがわかります。 なお自作40cmドブソニアンの場合は副鏡が小さいため副鏡によるケラれが像高が低い所から生じていることがわかります。

40cmF4.5の場合の遮蔽とケラれ
40cm F4.5 の場合の遮蔽とケラれの割合

反射鏡のコーティング


結論:耐久性の高さ、反射率の高さから「イオンアシスト蒸着法 (Ion-beam Assist Deposition, IAD)」で製作した "Enhanced Alminum" コーティングが良い。


市販の望遠鏡の主鏡・副鏡のコーティングとして、2020年現在、以下のものが選択できるようです。 これらの推定される薄膜の構造と波長 500 nm での反射率をまとめました。 ヒトの目の性質 に書いたように夜間視力のある桿体は波長およそ 420 nm ~ 580 nm に感度があり、 505 nm に感度のピークがあります。 そのため眼視では 500 nm 付近での反射率に注目することが適当と考えます。 以下の表では波長 500 nm での反射率(理論値、シミュレーション値、上限値)を記します。

ただし経験上、実際の反射率は理論値・シミュレーション値より数%小さい値であることが多いです。 鏡面の汚れや経年劣化に加え、酸素の欠乏による吸収やタングステン(フィラメント)が蒸発してコンタミとなって吸収が生じるといった製造上の問題もあり、一般に市販されている望遠鏡の場合には設計通りの反射率が出ていないことが多いように思います。

反射鏡のコーティング
一般的な名称推定される薄膜の構造反射率 (%)
Bare AlminumAl92
Protected AluminumAl+SiO2(λ/10程度)
Al+SiO2(λ/2)
89~92
Enhanced AlminumAl+SiO2(λ/4)+TiO2(λ/4)
Al+SiO2(λ/4)+TiO2(λ/4)+SiO2(λ/10程度)
Al+SiO2(λ/4)+TiO2(λ/4)+SiO2(λ/2)
Al+SiO2(λ/4)+TiO2(λ/4)+SiO2(λ/4)+TiO2(λ/4)
96~98
Bare Silver
Protedted Silver
Enhanced Silver
Ag
Ag+?
98
Dielectric CoatingSiO2+TiO2+SiO2+...+SiO2+TiO299

(注)コーティング材質は他にも考えられます。 反射率もコーティングの設計によって変わります。

1. コーティングの方法

薄膜を製作するにはいくつか方法がありますが市販の望遠鏡の主鏡・副鏡に使われているコーティングは設備面からほぼ全て「真空蒸着法」で作られているように思われます。 真空蒸着法とは薄膜にする材料を「熱的」に蒸発させ、基材上に薄膜を製作する方法です。 蒸発させる方法や薄膜の構造をより緻密にするための方法の違いによって真空蒸着法はさらにいくつか分類できるようです。

1.1. 抵抗加熱蒸着法 (Evaporation)

抵抗加熱蒸着法 (Evaporation) はジュール熱を使って蒸発させて薄膜を製作します。 石英 SiO2(融点:1,995度)や炭素 C(4,762度)で出来たるつぼ、タングステン W(3,695度)やタンタル Ta(3,290度)といった高融点金属で作られたコイル(ファイラメント)やボードと呼ばれる凹みのある皿状の蒸発源に蒸発物質をのせ、大電流を流すことで熱を発生させ、蒸発させます。

最も単純な原理のため昔から広く使われ、また設備投資が最も小さくて済むので低コストで薄膜が製作できます。 Al は高い真空度で一気に成膜することで高い反射率の薄膜を抵抗加熱蒸着法で成膜できます。

一方、蒸発した物質の持つ運動エネルギーはその温度程度(1000Kぐらい)と小さいため、出来上がった薄膜の構造は粗なもので、機械的な強度が低いです。 加えて Protected Aluminum や Enhanced Aluminum で使用する融点の高い SiO2 や TiO2 といった酸化物も抵抗加熱では蒸着は困難なようです。

ただし SiO や TiO は融点が低いため抵抗加熱で蒸発させることができるようです。 そこで SiO や TiO を出発材料として蒸着中に酸素を導入し、酸素雰囲気中でゆっくりと成膜することで SiO2 や TiO2 といった酸化膜を抵抗加熱蒸着でも作ることができるようです。

1.2 電子ビーム蒸着法 (Electron Beam, EB)

電子ビーム蒸着法 (Electron Beam Physical, EB) は電子ビームを蒸発物質に照射して加熱、蒸発させて薄膜を製作します。 高エネルギーの電子ビームをピンポイントに照射して加熱できるため抵抗加熱蒸着法では不可能だった高融点物質の蒸着が可能です。 SiO2(二酸化ケイ素、沸点:2,230度)や TiO2(二酸化チタン、沸点:3,000度)と言った酸化物や融点が高い物質を簡単に蒸発させることができるようです。

しかし電子ビーム発生装置が必要で、抵抗加熱蒸着と比べて高コスト、また出来上がった薄膜の構造は原理的に抵抗加熱蒸着と同じため構造は粗なもの(強度が低い、透過率などの特性が非一様)であるといった欠点があるようです。 加えて酸化物の蒸着は成膜中に酸素を失うようで、電子ビームで SiO2 や TiO2 を蒸発させる場合にも酸素の導入が必須なようです。

以下は想像ですが、光学フィルターを作っているようなメーカーの場合には様々な物質を蒸着する必要から電子ビーム蒸着の設備を一般に有していると思いますが、前述の通り抵抗加熱でも SiO2 や TiO2 を成膜することはできるようなので、望遠鏡の鏡を専門とするメーカーの場合には電子ビーム蒸着の設備は有していないことも多いのではないか?と思っています。

1.3 イオンアシスト蒸着法 (Ion-beam Assist Deposition, IAD)

イオンアシスト蒸着法 (Ion-beam Assist Deposition, IAD) とは蒸着中にイオンビーム(アルゴンや酸素等のプラズマからイオンを電場で取り出したもの)を基板に照射しながら薄膜を製作する蒸着法です。 イオンアシスト蒸着法ではイオンビームが薄膜形成時の蒸着物質の運動エネルギーをアシストするため構造が密なコーティング(強度が高い、透過率などの特性が一様)を製作することが可能なようです。 また酸素イオンの場合には酸化膜の完全な酸化が可能で、酸素欠乏による吸収の低減も期待できるようです。 基材は加熱しなくてもイオンアシストによって高い強度の薄膜が得られるようです。

イオンアシスト蒸着法は出来上がった薄膜の構造が密で強度も高いため、高機能な光学薄膜の製作に応用されているようです。 光学特性に優れ、また耐久性も良いため、望遠鏡の主鏡・副鏡に用いる最適なコーティング法と思われます。 ちなみに一般に鏡を裏側から強力なライトで照らすとポツポツと穴があって散開星団のように見えますが、イオンアシスト蒸着で成膜したものはこのポツポツとした穴がほとんどないか、あってもその数は他の蒸着法と比べると少ないように思います。

一方、イオンアシスト蒸着は基本的に抵抗加熱蒸着や電子ビーム蒸着にさらにイオン源が追加された構成となるため、さらに設備投資が必要と思われます。 またエンドホール型のイオン源でカソードにタングステンフィラメントが使われている場合、使用に伴ってフィラメントが細くなり、蒸発したタングステンによって吸収が生じてしまうこともあるようです。

2. コーティングの種類

市販の望遠鏡の主鏡・副鏡のコーティングとして選択できるものについてまとめます。 コーティングに関する情報はなかなか調べても見つかりませんでした。 ここでは分類も含めて、すべて私の独自研究に基づいた個人的な見解を示します。

2.1 Protected Aluminum

Protected Aluminum(保護膜付きアルミ鏡)と呼ばれているものはどうも 2 種類あるようで、一つはアルミニウムの薄膜の上に膜厚 30 nm 程度(=約λ/10)の SiO2(二酸化ケイ素)がコーティングされたもの、もう一つはアルミニウムの薄膜の上に膜厚 λ/2 の SiO2 がコーティングされたもののことのようです。

Proteted Aluminum のうち膜厚が約 λ/10 のものは SiO2 を薄くコーティングすることによって傷つきやすいアルミニウムの表面を保護しつつ、膜厚を約 λ/10 とすることで光の干渉による影響(短い波長や長い波長での反射率の低下)も少なく、幅広い波長範囲で一様に高い反射率が得られることを狙った設計と思います。 手元にある鏡を調べてみたところ(望遠鏡の鏡ではありませんが)Edmund Optics の "Enhanced Aluminum (250-700nm)" がこれに相当するようです。

Protected Aluminum のうち膜厚が λ/2 のものは膜厚を正確に λ/2 とすることで設計波長の反射率を Bare Aluminumと同じ 92% に保ちつつ、SiO2 の層によって傷つきやすいアルミニウムの表面を保護することを狙った設計と思います。 膜厚は 約λ/10 のものと比較して約 5 倍ぶ厚いためさらに高い耐久性も期待できると思います。 しかし光の干渉によって設計波長以外の波長で反射率が低下します。 そのため使用目的に合わせて設計する必要があると言えます。 手元の鏡を調べたところ Zambuto Optical Company の "Semi-Ehnahancement"、Edmund Optics の "Protected Aluminum (400-2000nm)"、Thorlabs の "G01 Protected Aluminum" がこれに相当するようです。 また手元に鏡はありませんが Galaxy Optics の "C-2 Hard Quartz Protected Aluminum" もこの膜厚 λ/2 の Protected Aluminum に相当すると思われます。 「イオンアシスト蒸着法」で製作することでさらに高い耐久性を謳っているようです。

Protected Aluminum Coatingの反射率
Protecte Aluminum の反射率シミュレーション

2.2 Enhanced Aluminum

Enhanced Aluminum(増反射アルミ鏡)と呼ばれているものはどうも 4 種類、またはそれ以上の種類があるようです。 ここでは以下のような構造と推定される4種類の薄膜について考えます。

  1. アルミニウムの薄膜の上に膜厚 λ/4 の SiO2 (二酸化ケイ素)がコーティングされ、その上に膜厚 λ/4 の TiO2(二酸化チタン)がコーティングされたもの
  2. アルミニウムの薄膜の上に膜厚 λ/4 の SiO2がコーティングされ、その上に膜厚 λ/4 の TiO2 がコーティングされ、さらにその上に膜厚約 λ/10 の SiO2 がコーティングされたもの
  3. アルミニウムの薄膜の上に膜厚 λ/4 の SiO2がコーティングされ、その上に膜厚 λ/4 の TiO2 がコーティングされ、さらにその上に膜厚 λ/2 の SiO2 がコーティングされたもの
  4. アルミニウムの薄膜の上に膜厚 λ/4 の SiO2がコーティングされ、その上に膜厚 λ/4 の TiO2 がコーティングされ、さらにその上に膜厚 λ/4 の SiO2 がコーティングされ、さらにその上に膜厚 λ/4 の TiO2 がコーティングされたもの

いずれの場合も Enhanced Aluminum は光の干渉によって高い反射率を得ることを狙った設計と言えます。 光の干渉によって元々のアルミニウムの反射率 92% よりも高い反射率を得ることが出来ます。 ただし光の干渉によって反射率が高い波長範囲は限定されるので使用目的に合わせて設計する必要があると言えます。

(1) の設計はシンプルに λ/4 の薄膜を 2 層重ねた設計で、ピークの反射率も 96% が得られるようです。 ただし屈折率の高い TiO2 は 屈折率の低い SiO2 よりも耐久性に劣るようです。 イオンアシスト蒸着といった薄膜の構造が密になるような方法で成膜すれば TiO2 が表面になっても経年劣化は少ないようです。 手元の鏡では Galaxy Optics の "C-1 Enhanced Aluminum" がこれに相当するようです。 また Thorlabs の "F01 UV Enhanced Aluminum" もこれに相当するようです。

(2) の設計は (1) の改良で、2 層の λ/4 の薄膜の上にさらに約 λ/10 の SiO2 を保護膜としてコーティングすることで耐久性を向上させたもののようです。 TiO2 の上に SiO2 を薄くコーティングして保護膜とすることで、イオンアシスト蒸着でなくても高い耐久性を得ることが出来るようです。 保護膜も約 λ/10 と薄いため波長範囲の変化も小さいようです。 手元の鏡では Ostahowski Optics の "Multi-layer (4) Enhanced Aluminum Coatings" がこれに相当するようです(アルミニウムも含めて 4 層ということらしい)。

(3) の設計は (2) の約 λ/10 の SiO2 保護膜の代わりに λ/2 の SiO2 をコーティングすることでさらに高い耐久性を狙ったものと思います。 λ/2 の分厚い SiO2 保護膜によって高い耐久性が期待できます。 一方で光の干渉によって高い反射率の得られる波長範囲は (1) や (2) に比べると狭くなります。 手元の鏡では Antares Optics の "Enhanced Aluminum" がこれに相当するようです。

(4) の設計は λ/4 の薄膜を 4 層重ねた設計で、ピークの反射率も 98% 近くまで高くなります。 ただし光の干渉によって反射率の高い波長範囲はさらに狭くなります。 また (1) と同様に表面が TiO2 となるためイオンアシスト蒸着といった薄膜の構造が密になるような方法で成膜しないと経年劣化が生じやすいようです。 手元の鏡では Edmund Optics の "Enhanced Aluminum (450-650nm)" がこれに相当するようです。

他にも Discovery Telescopes の "Upgraded Enhanced Aluminum Coatings"、Orion Optics の "Hilux Enhanced Aluminum Coating" の鏡が手元にありますが、これらも (1) か (2) のどちらかだと思われます。

ここまで読むと (4) の Enhanced Aluminum が最善のコーティングのように思いますが、実際には a. 設計通りの膜厚が得られないこと、b. 薄膜で吸収が生じて期待通りの高反射率が得られないこと、c. 薄膜が疎な構造で経年劣化が生じうること、といった製造上の問題があり、設計通りの性能が得られない場合が多いように思います。 よって反射率は理論値ではなく、実測値で評価することが重要と思います。

Enhanced Aluminum Coatingの反射率
Enhanced Aluminum の反射率シミュレーション

(以下、完全に私見になりますが、殊にアマチュア用の望遠鏡の場合には反射率は光学系の収差以上にかなりいい加減な製品が多いように思います。 ストレールレシオがいくつとか、何分のラムダとかいった光学系の収差の数字、メーカーの"保証"する数字も、経験上かなりいい加減なもので、いつもがっかりさせられるのですが、収差については星像を見れば一目瞭然、誰でも分かります。 一方で反射率の違いはほとんど知覚することができません。 よっぽど変な反射特性でない限り、新しい鏡であればあるほど、散乱が少ないためか深い色の反射でブリリアントでコントラストが高い像が見えているような気がします。 ユーザー側で反射率の違いを知覚することはかなり難しいのではないかと思います。 さらにメーカー側にも、望遠鏡の主鏡のような大きな鏡は測定器に入らないため製品そのものの反射率を測定できないといった事情もあります。 いずれにしても、反射率に関しては設計値と実際の製品とで少なくとも数%~数10%の違いが経験上見られました。 特に膜厚が薄かったり吸収がある場合には長波長側で反射率が低くなるようです。 そのため数%の違いを気にしてコーティングを選ぶことにほとんど意味はないと思います。 それよりも信頼のおける業者に依頼して設計通りのコーティングをしてもらうことの方が現状では良い結果が得られるように私は思います。)

2.3 Protected Silver, Enhanced Silver

正直なところ Protected Silver, Enhanced Silver がどのような薄膜の組み合わせで作られているのかよくわかりません。 しかしこれでは考察が進まないのでここでは銀の薄膜の上に SiO2 (二酸化ケイ素)と TiO2(二酸化チタン)がコーティングされたものと仮定して考察を進めることにします。

Protected Silver、または Enhanced Silver は Bare Silver(銀をコーティングしただけのもの)の耐久性と反射率を改良したものと考えられます。 Bare Silver は化学メッキでも真空蒸着でも作ることができますが、特に耐久性が悪いことで知られています。 そこで銀に保護膜をオーバーコートすることで耐久性を向上させたもののことを Protected Silver と呼んでいるように思います。 また銀は波長が 500 nm よりも短くなると反射率が低下し、波長 350 nm より短くなると極端に反射率が低くなる性質があり、短い波長(青~紫外)の反射率がほとんどありません。 そこで2層、またはより多層のコーティングをすることで光の干渉を生じさせ、短い波長の反射率を改善する設計をしたもののことを Enhanced Silver と呼んでいるように思います。

望遠鏡の主鏡・副鏡用に市販されているものをざっと探したところ Hubble Optics の "Protected Silver" が見つかりました。 天頂ミラー用では ビノテクノ で "銀メッキ" と呼んでいる 京浜光膜工業 の "銀ミラー" といったものも市販されているようです。

以下に Bare Silver と Enhanced Silver の反射率シミュレーションの結果を示します。膜厚はλ= 350 nmとして、SiO2, TiO2 共に λ/4 で計算しました。395 nm よりも短い波長はデータがなく計算できませんでした。

Enhanced Silver の反射率
Enhanced Silver の反射率シミュレーション

3. コーティングの剥離

オーバーコートした鏡のコーティングの剥離は一般に難しいと言われていますが、本当でしょうか?

Bare Aluminum (オーバーコートをしていないアルミニウム) の場合は濃水酸化ナトリウムや硫酸銅を加えた濃塩酸で容易に溶かすことができます。数分で完全に溶かすことができます。

Protected Aluminum、Enhanced Alminum の場合も基本的に同じプロセスで剥離することが出来ます。 しかし SiO2 や TiO2 がコーティングされているため、剥離はコーティング面の端面やマイクロホールのアルミニウムが剥き出しになっているところから徐々に進行することになり、30分以上薬液に漬け込むなど、長い時間が必要です。 (ちなみに SiO2 や TiO2 は酸にもアルカリにも溶けにくいようです。)

ガラスとコーティングの密着性を向上させるため、Cr (クロム) を薄くアンダーコートしている場合もあるようですが、この場合は希塩酸で除去する必要があるそうです(濃塩酸ではダメなようです)。

Ag (銀) の場合は硝酸や塩酸を使うようです。

以上のことから、作業経験が豊富で、化学の知識が十分あって、注意深く作業を行うことのできる業者や技術者であれば、オーバーコートした鏡であってもコーティングの剥離は可能と思います。

ただし、いったんコーティングしたものを剥離して再コーティングするという行程はあまり一般的ではないようで(何度もコーティングし直すのは望遠鏡の鏡ぐらい?)、業者はよく選ぶ必要があると思います。ちなみにコーティングのクオリティー(ムラの有無や膜の強度など)は蒸着前の洗浄工程でほぼ決まります。きれいな布で「ゴシゴシ」鏡を拭き上げる流儀、鏡面には決して触れずに洗浄後にアルコールで置換して急速乾燥させる流儀、等々、鏡の状態や目的に応じた方法があるようで、このあたりの経験の有無が結果に大きく作用すると思われます。

なお SiO、SiO2 や TiO2 等でオーバーコートされたアルミニウムが溶けると言うことはコーティング膜には多少なりともマイクロホールや空隙などの欠点があることを意味することになると思います。 そのため「抵抗加熱蒸着法」や「電子ビーム蒸着法」で作られた粗な構造のコーティングの場合、剥離は比較的容易に行うことができると予想されます。 逆に「イオンアシスト蒸着法」でコーティングされた密な構造のコーティングの剥離は比較的難しいと思われます。

コーティングの強度と剥離性の良さはトレードオフであって、使用状況に応じて適切に選択することが重要だと思います。 例えばすばる望遠鏡 8.3 m 主鏡は抵抗加熱蒸着法でアルミニウムをコーティングし、オーバーコートはしていません。 口径が大きいとアルミニウムの剥離やその後の洗浄が非常に大変な作業となるため、数年に1度再蒸着を行うことを前提として Bare Aluminum としています。

4. その他

Dielectric Coating は低屈折率(SiO2等)と高屈折率(TiO2等)の誘電体薄膜を厚さ λ/4 ずつ交互にコーティングすることによって高い反射率を得ています。 高低の屈折率の違いによる光の干渉によって高い反射率を実現しており、基材にはアルミニウムなどの金属膜のコーティングは一般に行いません。(そのため一般に Dielectirc Coating した鏡では透過光が若干あり、透けて見えます。透けて見えることを利用した用途もあり、欠点ではありません。)

ただし Dielectric Coating は高い反射率を達成できる代わりに波長依存性や入射角依存性が大きく、用途が限定されてしまいます。 また多層膜の内部応力によって、口径が大きいとひずみが生じてしまい、鏡面精度が悪くなるといった欠点があるようです。 ひずみをキャンセルするため鏡材の裏面にも同じコーティングをしている製品があると聞いたことがあります。

Enhanced Silver は高い反射率が利点ですが、やはり耐久性、特に湿度に弱いといった欠点があるようです。 2014年現在でもあまり一般的ではないと思います。 ちなみに Gemini 望遠鏡の 8.2 m 主鏡は銀コーティングですが、真空蒸着法ではなくスパッタリング法でコーティングされ、銀の層も含め4層コーティングです。 すばる望遠鏡の赤外副鏡や赤外第3鏡も銀コーティングですが、これらは抵抗加熱蒸着法で銀をコーティングし、オーバーコートはしていません(Bare Silver)。


自作60cmドブソニアン計画では暗く小さい銀河や惑星状星団を見る事を考えているため、できるだけ高い反射率の鏡を使用して実質的な集光力を出来るだけ大きくしたいと考えています。 反射率の点では Dielectric Coating や Enhanced Silver が良さそうです。 しかし Dielectric Coating は多層膜の応力で鏡面形状がひずみ、良い鏡面精度が得られないおそれがあります。 また Enhanced Silver は保護層があるとは言え、湿度が高いと劣化が早いという話なので維持するのが大変かもしれません。 そのためこれらは選択肢から外すことにしました。 そこで3番目に反射率の高い Enhanced Alminum コーティング、出来れば「イオンアシスト蒸着法」で成膜したものが私の要求に合致していると考えました。 そこで主鏡・斜鏡のコーティングは「イオンアシスト蒸着法」で製作した "Enhanced Alminum" でオーダーしたいと考えます。

参考文献

反射率の経年変化


結論:反射鏡の反射率は時間の経過と共に低下する。しかし Enhanced Aluminum コーティングの場合は20年後でも 90% 程度あると推定され、頻繁な再メッキは必要ない。


反射鏡の反射率は時間の経過とともに低下すると一般に考えられています。 ここでコーティング直後の反射率を R_0、反射率の減少率を X_R、経過時間を T と書くと、T 経過後の反射率 R_T は以下の式で書けると考えられます。

反射率の経年変化の計算式

この式から、望遠鏡の鏡の反射率は時間の経過と共に低下する一方なので定期的なコーティングのやり直しが必要と考えられます。 ここで Enhanced Alminum の反射率の時間経過に伴う変化を調べてみました。 反射率の経年変化は鏡の置かれている環境にも大きく依存するためか、どの程度低下するのかあまり調べられていないようです。 そこで実測してみました。 私の所有する自作40cmドブソニアンの場合、10年の使用でおよそ 3% の反射率低下があるように認められました。 そこで 0.3%/year を仮定して反射率の経年変化を計算してみました。

反射率の経年劣化

Enhanced Alminumの反射率の経年変化
経過時間 (年)反射率 (%)
096
1093
2090
3088
5083
10071

この計算結果を見ると主鏡購入後10年経過時点でも反射率は殆ど変わっていないことが分かります。 再メッキの頻度は Enhanced Alminum の場合20年に1回程度でも、十分高い反射率を維持することが出来るようです。

反射鏡の材質 <設計変更>


結論(設計変更):非点収差の原因となる鏡材組成の非一様性が小さいこと、熱膨張率が小さく温度順応の時間が短縮できることから、溶解石英の鏡に交換する。


(過去の結論:鏡材には色々な種類がある。価格、熱膨張率、入手性の観点から、鏡材はパイレックス(Pyrex または Supremax)もしくはサンドイッチ構造の青板を用いる。)


反射鏡は外気温が変化するとそれに伴って鏡自身の温度も変化します。 一様に鏡の温度が変化すれば星像にはまったく影響がないはずですが、実際には鏡は表面から冷えるため非一様な温度分布となってしまい、鏡が外気温と同じ温度になるまで星像はひずんでしまいます。 ここで鏡の熱膨張率が小さければ星像のひずみも小さくなると考えられます。 そのため反射鏡の材質は熱膨張率の小さい光学ガラスが使用されています。

熱膨張率の小さい光学ガラスはまた鏡面研磨の際にもメリットがあると考えられます。 鏡を研磨すると摩擦熱が発生しますが、この摩擦熱によって鏡は非一様な温度分布となってしまい、研磨中の鏡がひずんでしまいます。 これでは精密に研磨したつもりでも、温度が一様になると形状はひずんでしまいます。 そのため熱膨張率が小さい鏡材の方が熱管理が少なく研磨しやすいと考えられます。

ここで一般に入手可能な反射鏡と熱膨張率を以下の表にまとめます。

反射鏡の材質と熱膨張率
材質熱膨張率 [ x10-6/oC ]
青板 (Soda Lime, Plate Glass)9
BK77.1
Suprex4.3
パイレックス (Pyrex, Supremax)3.3
溶解石英 (Fused Quartz)0.55
Zerodur, ULE0.03 ~ 0.05

1. 青板

青板は SiO2 が主原料のソーダ石英ガラスで窓ガラス等の材料として広く使用されているそうです。 厚さが 19 mm を超えるものは入手が難しいようです。 価格は一般的なガラス材のため安価なようです。 ただし熱膨張率は他の鏡材と比較して最も大きな値です。

2. パイレックス

パイレックスは米Corning社の商標のホウケイ酸ガラスで、耐熱ガラスです。 台所用品などでよく見かける耐熱ガラスの材料として使われています。 "Supremax" は独Schott社の商標で、化学的特徴はパイレックスと同等のようです。 厚さ 2.25 inch ~ 2.5 inch まで入手出来るようです。

パイレックスガラスも比較的安価に入手可能のようです。 ただし光学ガラスではないためレンズとしては使用出来ないそうです。 米国の鏡メーカーの多くは Pyrex または Supremax の鏡を供給しているように思います。

3. 溶解石英

溶解石英 (Fused Quartz) は高純度の SiO2 で出来た非結晶質のガラスで、結晶質の SiO2 は水晶 (Quartz) と呼ばれます。 溶解石英は水晶とは異なる性質を有しますが、原材料は同じです。 溶解石英は紫外から近赤外の波長域で高い透過率を持つ光学ガラスです。 溶解石英は熱膨張率が青板の約16分の1、パイレックスの約6分の1と小さく、温度変化に対して高い安定性があります。 また溶解石英のヤング率はパイレックスより約 10% 大きいため、たわみにくく、より薄い鏡でも精度を保つことができ、主鏡を軽量化できるようです。 またパイレックスより若干堅いため溶解石英の研磨には時間がかかるようですが、その分緻密な加工も可能なようです。

以前は非常に高価だったようですが、近年は半導体製造装置への需要が大きいことからか、反射鏡グレードの溶解石英を比較的安価に入手することが出来るようになってきているようです。Five Star Optical Supply LLC では様々な大きさの溶解石英の鏡材が市販されています。ただし、比較的安価になったとはいえ、青板やパイレックスより高価です。

4. Zerodur, ULE

Zerodur は独Schott社の開発したガラス・セラミックスで、結晶性石英の微粒子がガラス状石英の中に包み込まれているような構造をしています。 結晶性石英は負の膨張率を持ち、ガラス状石英は正の膨張率を持つためこれらの2相のバランスによって膨張率がほぼゼロとなるように製造されています。 ヨーロッパ南天文台の 4 台の VLT 望遠鏡の 8.2 m 主鏡は Zerodurで作られています。

ULE は米Corning社の開発した単相のガラス「超低膨張チタニウム珪酸ガラス」で、チタンを溶解石英に混入させることで膨張率がほぼゼロとなるように製造されています。 すばる望遠鏡の 8.3 m 主鏡、Gemini望遠鏡の 8.2 m 主鏡は ULE で作られています。

研究用途では Zerodur や ULE で作られた高精度な反射鏡が広く使われています。但し用途が限られるためか、Zerodur や ULE の鏡は高価です。

5. その他の鏡材

BK7 は最も一般的な光学ガラス(クラウンガラス)で独Schott社の商標です。 光学ガラスのためレンズの材質として用いられますが反射鏡としても均質で磨きやすいようです。 Guan Sheng Optical (GSO) では BK7 が鏡材として使われているようです。 ただし BK7 の熱膨張率は青板よりも少し小さい程度で、パイレックスの 2 倍以上あります。

Suprax は独Schott社の商標のホウケイ酸ガラスで、パイレックスに似た、パイレックスよりも柔らかい素材のようです。 柔らかいため短い加工時間で鏡面研磨を完了することが出来るものと思われます。 Suprax は Orion Optics UK で販売されている鏡で使用されています。 なお Suprax の熱膨張率はパイレックスより少し大きい値のようです。


今回のプロジェクトでは可能な限り集光力を大きくしたいと考えています。そのため高価なゼロデュアや溶解石英は選択肢から外すことにします。 青板は熱膨張率の大きさのため候補から外れますが、サンドイッチ構造にして放熱性の高い反射鏡が Hubble Optics から販売されています。 この構造であれば放熱性が高く、熱膨張率が大きくても外気温にすぐなじみ、影響が少ないかもしれません。 BK7 や Suprex については熱膨張率が大きいので自作60cmドブソニアンでは候補から外すことにします。

2019年4月22日 追記

自作60cmドブソニアンでは主鏡鏡材として Supremax を選択しましたが、高倍率で非点収差が見られ、その原因が主鏡にあることが最近判ってきました。

主鏡を製作した Lockwood Custom Optics の Michael E. Lockwood 氏に問い合わせ、またハワイ島に来られた際に実際に 680 倍で見てもらい確認を行いましたが、主鏡を 90 度回転させたところ非点収差も 90 度回転したことから確かに主鏡に原因がありそうだということになりました。

Mike 氏はこれまで約 400 枚の鏡を製作してきたとのことでしたが、このような非点収差はこの鏡以外に例がないそうで、製造過程の記録からも、なぜ非点収差が生じているか原因が思い当たらないとのことでした。星像から温度順応は非点収差の原因ではないとのことでした。主鏡セルの構造も問題ないとのことでした。 鏡材の Supremax が偶然アニール(焼きなまし)が不十分で研磨後に反ったのでは、と質問しましたが、それもあまり考えられないとのことでした。というわけで原因は今のところ不明ですが、少なくとも非点収差は主鏡に依るものと判りました。

そのネットで調べてみたところ Cloudy Nights の Why Quartz Mirrors? の Bryan Greer 氏のコメント (#11) に「パイレックスでは必ずしも一様な材質であるとは限らず、アニールをしても消えない内部応力が生じる可能性があり、それによって非点収差が生じることがある」とありました。 たまたま私の主鏡の組成が非一様で、その結果として星像に非点収差が見えるのかもしれません。

ちなみに、同じ Why Quartz Mirrors? の Bryan Greer 氏のコメント (#11) には「溶融石英はパイレックスとは異なる方法で製造され、本質的に均質である」ともあり、溶解石英であればこの問題は生じないようです。

そこで主鏡の非点収差の問題を解決するため、主鏡を溶解石英のものと交換することを検討しています。 加えて Supremax の主鏡の温度順応は私の環境では約 2 時間必要で、望遠鏡を組み立てて約 2 時間待たないと良い星像を得ることが出来ません。 溶解石英の主鏡に交換すれば熱膨張率がパイレックスの約 1/6 であることから温度順応も約 20 分で完了すると思われます。組み立て完了後、直ちに観望・スケッチが出来るようになり、この点でも大きなメリットがあると考えています。

もちろん非点収差の問題は全てのパイレックス鏡で生じるわけではないと思います。 が、非点収差の発生の可能性を少しでも排除するため、また短い温度順応時間のため、もしこれから鏡を購入するのであれば、入手可能である限り、多少費用がかさんだとしても、溶解石英のものを選ぶべきだと強く思います。

参考文献