自作60cmドブソニアン計画で用いる主鏡について詳細に検討します。
結論:自作60cmドブソニアン計画では口径 24 inch を中心に、焦点距離が 2 m となる F3.3 前後で検討を進める。
2010年以降、F値が4より小さく(Sub-4)明るい(Fast)光学系が好んでドブソニアンに用いられています。 これは Tele Vue から2010年に Ethos 21mm 、2011年にF3対応の Paracorr Type2 が発売されたことで Sub-4 でも充分にシャープに結像するコマ収差補正レンズ・極超広角アイピースが入手可能になったこと、2008年に 20 inch F3 のドブソニアンが Lockwood Custom Optics の Mike Lockwood 氏によって試作され、Sub-4でも光学性能は遜色ないことが示されたこと、Starmaster Portable Telescopes によって2009年から F3.3 のドブソニアン Super FX series が市販されてSub-4のドブソニアンが入手可能になったこと、そしてこれらが雑誌で取り上げられたこと、等が要因だと思われます。
完成品の市販ドブソニアンでは Starmaster Portable Telescope の Super FX series の他、Webster Telescope の C-series も F3.0~3.6 のドブソニアンが販売されています。 鏡を別にオーダーする製品の場合には AstroSystems や Starstructure Telescopes 等も実績があるようです。
しかし肝心のSub-4の主鏡を製作できるメーカーはあまり多くないようです。 私が調べた限り、F3.3 や F3.0 を製作している主鏡メーカーは Lockwood Custom Optics、Kennedy Optics の2社しか見つかりませんでした。
これはF値が小さくなると鏡面研磨が困難になるためだと思います。 球面収差の量はF値の 3 乗に反比例するため、理想的な放物面(=球面収差0)に加工する難易度もF値の 3 乗に反比例すると考えられます。 Sub-4の鏡の価格はF値が大きなものと比べて非常に高いと言えます。
4.1.2. コマ収差の補正に書いたように、市販のコマ収差補正レンズは F3 から対応しているためSub-4の光学系でも充分にシャープな星像が期待できます。 ただし Lockwood Custom Optics の Projects には経験的には F2.75 が眼視用の限界と書かれていますので、F3 より小さくなると星像は悪くなってしまうようです。
今回のプロジェクトでは可能な限り大口径を採用して集光力を大きくしたいと考えていますが、同時に可能な限り接眼部を低くして安全に観望が出来るようにしたいとも考えています。 3.2. F値と焦点距離 に書いたように、根拠は特にないのですが焦点距離は 2 m 前後が扱いやすいと思っています。 これは 22 inch (55 cm) F3.6、 24 inch (60 cm) F3.3、 26 inch (65cm) F3.1、28 inch (70cm ) F2.9 に対応します。 自作60cmドブソニアン計画では Sub-4 光学系を採用することで集光力と接眼部の低さの両立をさせたいと考えています。
ページの先頭に 戻る
結論:主鏡は出来るだけ薄いものが良いが、薄すぎると取り扱いがシビアになる。
主鏡の厚さは光学性能や運用に大きな影響を与えます。 主鏡が薄い場合は、
と言った利点があります。しかし主鏡が薄いと
といった欠点があります。 主鏡が厚い場合はこの逆です。
自作60cmドブソニアン計画では主鏡の重さが運用上の大きな問題となるため、出来るだけ薄いものを使用したいと考えます。 また主鏡セルの構造を工夫することで、精度を出すと同時に鏡を落とすような事故が生じないように工夫したいと思います。
なお主鏡中央の凹み量は主鏡直径とF値で記述できます。 主鏡直径を DA、鏡の厚さを tA、F値を F と書くと主鏡中央の凹み量 td は以下の式で書き表せます。
以下、F値・口径を変えた場合の主鏡中央の凹み量を計算しました。
F値 | DA=16" | DA=22" | DA=24" | DA=26" |
4.5 | 0.22 | 0.31 | 0.33 | 0.36 |
3.6 | 0.28 | 0.38 | 0.42 | 0.45 |
3.3 | 0.30 | 0.42 | 0.45 | 0.49 |
3.1 | 0.32 | 0.44 | 0.48 | 0.52 |
F値が小さく主鏡直径が大きい場合、中央の凹み量も大きくなることが分かります。 自作60cmドブソニアンで計画で検討している口径 24 inch F3.3 では主鏡中央は 0.45 inch = 11.4 mm も凹むようです。 主鏡の厚さが薄い場合は取り扱いに気をつけないと本当に割れてしまうかもしれません。
ページの先頭に 戻る
結論:主鏡重量が 25 kg 未満となるようにする。 1.5 inch 厚のミラーの場合、口径 26 inch までがこの条件を満たす。
主鏡の重量を見積もります。 主鏡は最も重い部品となるため、運用を考える上で重要になります。 また望遠鏡全体の重心位置を計算し、垂直軸の取り付け位置を決定するためにも主鏡の重量を見積もることは重要です。
主鏡の重量は口径、厚さ、F値、鏡材の比重の4つのパラメーターで記述できます。 ここで主鏡直径を DA、鏡の厚さを tA、F値を F、比重を ρ と書くと、放物面鏡の重量 MP は以下の式で書き表すことが出来ます。
以下、パイレックス (比重 2.23 g/cm3) の鏡を仮定して口径および厚さを変えた場合の主鏡の重量を計算しました。 自作40cmドブソニアン の場合、及び自作60cmドブソニアン計画で検討している F=3.3 を仮定して計算しました。
tA (inch) | DA=16'' | DA=22'' | DA=24'' | DA=25'' | DA=26'' |
2 | 13.9 | 24.9 | 29.3 | 31.6 | 34.0 |
1-7/8 | 13.0 | 23.2 | 27.2 | 29.4 | 31.6 |
1-3/4 | 12.0 | 21.4 | 25.2 | 27.1 | 29.2 |
1-5/8 | 11.1 | 19.7 | 23.1 | 24.9 | 26.8 |
1-1/2 | 10.2 | 17.9 | 21.0 | 22.7 | 24.3 |
ここで運用可能な重量を考えます。 特に根拠はありませんが、私の体力では主鏡単体で 25 kg 以下であれば持ち運び可能と思います。 そこで運用可能な主鏡重量の上限として 25 kg を設定します。 上記の表から1.5 inch 厚の鏡を選んだ場合、口径 26 inch 以下で 25 kg 未満となります。 逆に 2 inch 厚の鏡を選んだ場合は 25 kg 未満となる最大の口径は 22 inch となります。
ページの先頭に 戻る
結論:主鏡の大きさは厚さ 1.5 inch で 26 inch 以下とする。 最終的な主鏡の大きさは、口径、F値、価格のバランスを考えて決める。
これまでの考察から主鏡の大きさは以下の項目を総合して決める必要があることがわかりました。
今回の計画の場合は寸法と重量の制約は絶対条件として、その他は場合によっては無視する条件として検討することにします。
寸法については 3.4. 保管場所 に書いたように、自宅に搬入するためには望遠鏡の最大幅は 53 inch 以下にしなければいけません。 重量については 4.2.3. 主鏡の重量 に書いたように、単体で 25 kg 以下となるようにしたいと思います。 4.2.2. 主鏡の厚さ に書いたように、1.5 inch 厚を選択すると 26 inch までが 25 kg 以下となります。
よって自作60cmドブソニアン計画では主鏡の大きさはその上限を 26 inch、厚さを 1.5 inchとし、出来るだけ口径が大きく、出来るだけF値が小さく、かつ出来れば価格も安くなるようなものに決定することになります。
主鏡の価格は研磨する面積と製作の難易度で決定されると考えると、口径の 2 乗に比例しF値の 3 乗に反比例すると考えられます。
そこで 24 inch F3.3 を中心に、何通りかスペックを変えて見積もりを依頼し、適当な口径・F値・価格の主鏡を購入する方針とします。
ページの先頭に 戻る
結論(設計変更):主鏡の温度順応をシミュレートした結果、充分に外気温になじむには約3.5時間必要。 ただし熱膨張率の小さい石英ガラス(Fused Quartz)の主鏡であれば温度差があっても星像への影響は約40分でほぼ無視出来るレベルになる。
(過去の結論:主鏡の温度順応をシミュレートした結果、充分に外気温になじむには約3.5時間必要。 冷却ファンが必要かもしれない。 温度順応が十分に進むと主鏡も結露する可能性がある。)
望遠鏡で星を見るとき望遠鏡の温度が充分外気温になじむまで待たなければいけません。 望遠鏡は室内や車から出したときは外気温より一般に温かく、組み立てた後もしばらく望遠鏡は周囲よりも温度が高く、周囲の温度になじむまで シーイング が悪くなってしまうからです。 鏡は表面から冷えるため、温度分布が非一様になり、ひずみが発生してシャープな星像を結ばないことになります。 そのため望遠鏡の温度順応は非常に重要な要素だと考えられます。
ここで主鏡の温度順応にかかる時間を考えます。 熱は「伝導」「対流」「放射」で伝わるため、これらから計算することが出来ます。 Cruxis Telescope の Telescope Mirror Cooling Calculator で公開されている "MirrorCooring.exe" というソフトを使うと望遠鏡の厚さと周囲の温度から鏡の温度の時間変化を簡単に計算することが出来ます。 このソフトを使って自作60cmドブソニアン計画のスペックで見込まれる主鏡温度の変化を調べてみました。
主鏡厚さ | 38.1 mm |
鏡の初期温度 | 25 deg.C |
開始時の気温 | 3 deg.C |
終了時の気温 | 3 deg.C |
計算時間 | 360 min. |
シミュレーション結果から主鏡温度が外気温より約2度高い温度になるのは約2時間後、外気温とほぼ同じ温度となるのは約3.5時間後だということが分かりました。 それ以降は外気温よりも主鏡のほうが冷たくなってしまうことも分かりました。 充分に外気温になじむには観望の数時間前から外気にならす必要があるようです。 温度順応時間を短くするため冷却ファンが必要になるかもしれません。
なお入力パラメーターから分かるように、温度順応にかかる時間は鏡の厚さと温度条件から決まります。 そのため 4.2.2. 主鏡の厚さ は薄ければ薄いほど温度順応は早くなると考えられます。
またシミュレーション結果から外気温と同じ温度になった後も主鏡は(放射で)冷え続け、冷たくなってしまうことが分かりました。 主鏡の方が周囲の空気の露点より冷たい場合には主鏡が結露してしまいます。 色々条件を変えてシミュレートしてみましたが、主鏡の温度は温度順応が進むと外気温より0.5度程度まで低くなるようです。 条件によっては主鏡も結露する可能性があることが分かりました。
ページの先頭に 戻る
自作60cmドブソニアンを運用した経験として、主鏡と外気温の温度差が2度以下となれば温度順応は完了したとみなせ、十分に良い星像が得られます。 これは自作60cmドブソニアンの場合、経験的に冷却ファンなしで約2時間、冷却ファンありで約1.5時間の温度順応が必要なことになります。 完全に周囲の温度になじむ必要はないようです。
しかし実際問題として温度順応に1.5~2時間必要というのは無視できない長さで、望遠鏡を組み立てても1時間近くは観望しても星像がシャープでなく、面白くなく、不満が残ります。
そこで主鏡を 石英ガラス (Fused Quartz) のものに交換することを検討しています。 主鏡温度の変化自体はパイレックスの場合とほとんど同じですが、石英ガラスは熱膨張率がパイレックスの約1/6しかないため鏡の変形量が少なく、外気温との差が大きくても星像に対する影響が小さいと予想されます。 単純に考えると冷却ファンなしで20分で順応が完了することになり、組み立て完了後、直ちに観望・スケッチが出来るようになると予想されます。
ページの先頭に 戻る
主鏡を石英ガラス(Fused Qartz)に交換後、経験的に約40分で温度順応が完了することがわかりました。 この時の主鏡と外気温の温度差はまだ約10度近くありますが、星像への影響はほぼ無視できるようなレベルです。 石英ガラスの主鏡に交換後、望遠鏡を組み立てて、ほぼすぐ観望・スケッチが出来るようになり、ストレスが無くなりました。
ページの先頭に 戻る