天体スケッチの意味

天体スケッチは「記録をとる」という事が本来の目的でしょう。 写真技術がなかった時代、天体スケッチは言葉以外で天体の様子を記録する唯一の方法でした。 しかし以前は銀塩カメラ、今日ではCCDやCMOSといった半導体を用いた記録装置で天体の位置や明るさを正確に記録することができるようになりました。 そのため現在、天文学者が観測でスケッチを用いることは(私の知る限り)ありません。

それではスケッチは全く意味がないことでしょうか? 学問としての天文学では正解ですが、楽しみや趣味としての天文では不正解だと思います。 多くの天文ファンが天体写真を楽しみとして撮影するように、楽しみとして天体スケッチを描くことは、高性能のアイピースや大口径のドブソニアンが広くアマチュアに浸透した現在、天体写真と同じぐらいメジャーな天文趣味となりうると私は考えています。

私は望遠鏡を覗いて天体を観察するのが好きです。 望遠鏡を通して見たものを見たままに記録に残したい、そう思ったのがスケッチを始めるきっかけでした。 もちろん写真のように正確な記録は出来ません。 しかしスケッチでは人間の「感情」を通して天体が記録されます。 遥か彼方の天体からやってきた光。 それを望遠鏡で見つけ出したときのなんともいえない感動。 特徴的な構造や星の並び方、その1つ1つを目で見て、頭で考えて、紙に記録する。 このプロセスが非常に楽しいのです。 確かに私のスケッチは天体写真と見比べると淡い構造がはっきり見えたり、逆に明るい恒星が全く記録されていないことが多くあります。 ただこれは、私は正確な記録を目的として天体・星をプロットしているのではなく、何が見え、何を感じたかを記録に残そうとしているからです。

スケッチをすることによって天体の細かい模様も見えてきます。 スケッチをとろうとして細かい特徴まで注意深く天体を見ることは、結果としてより深くその天体を知り、より良い目を持つことに繋がります。

まずは肩の力を抜いて、望遠鏡を覗いて目で見えたままの天体の姿を「紙」と「鉛筆」で記録してみるのはいかがでしょうか。 きっと新しい発見があると思います。

スケッチの道具

私はA4サイズのコピー用紙に後述のスケッチ用紙をプリントアウトし、鉛筆でスケッチを描いています。 アイピースの中では黒い背景に白い星が見えますが、これを白い紙に黒い鉛筆でスケッチをとります。 いわゆる「ネガスケッチ」と呼ばれる手法です。 この方法は以下のようなどこにでも手に入る道具で行うことが出来ます。

天体スケッチで使用する画板
赤色照明と首からぶら下げるための紐を取り付けた天体スケッチ用の画板

スケッチに使用する紙について

スケッチに使用する紙は白色度70%程度のコピー用紙(グリーン購入法適合品)が適しています。 白黒反転させた時に適当な背景色が得られます。 日本では官公庁向けの事務用品店で容易に入手出来ますが、ハワイに転居してからは入手困難で困ってしまいました(今は一時帰国した際に2500枚購入したので十分な在庫があります)。 米国では最も白色度が低い物でも92%程度もあって白すぎ、また紙質も悪いです。

スケッチの倍率

眼視全般に言えることですが、星雲星団や銀河等淡い天体だからといって必ずしも低倍率で見る必要はありません。 低倍率だと瞳径が大きくなり、背景が明るく、目的の天体が見えにくい場合があります。 高倍率で見ると背景は適度に絞まって暗くなり、天体からの光がコントラストよく見えることがあります。 また倍率が高い分、細かい模様を見分けやすくなります。

大気の状態(シンチレーション、シーイング)によっても天体の見え方は大きく変わります。 自作40cmドブソニアンでの経験から、惑星を見たとき縞模様が何本も見えるような良シーイングの日には銀河や星雲星団も高倍率で見ると、驚くほど細かい構造が見えます。 しかし惑星の模様が全く見えないような悪シーイングの日は、いくら倍率を下げても、銀河等淡い天体がまったく見えないこともあります。 そのためスケッチを行う倍率は、その日の大気の状態でシャープに見ることのできる、最も高い倍率が最適だと思います。

もっとも一定の倍率でなく、いろいろアイピースを変えて様々な倍率で天体を見るのが良いと思います。 観望も後半になってくるとアイピースの交換がめんどうになって、つい同じ倍率で見てしまいがちです。 これはとてももったいないことです。 とりあえず色々とアイピースを変え、一番気持ちよく見える倍率を探すのが眼視やスケッチでは大切な事だと思います。

先入観について

天体スケッチをしていると先入観が結構やっかいなものだと再認識させられます。 渦巻き銀河だと知っていれば「腕のようなもの」が見えたり、見える「はず」の位置に天体が見えなくても「見えるような気がしたり」します。 これらは自分の目で見えるか見えないかのぎりぎりの表面輝度の特徴を捉えようとして、淡い天体の光と自分の知識や気持ちを脳内で合成して、 天体が「見える」ようになってしまっている結果だと思います。 ある意味これは淡い天体を見る「超増感法」とも言えるもので、初心者に比べ、経験を積んだ天文マニアが淡い星雲を簡単に捉えられるといったことと同じ現象ではないか思います。

しかしこういった天体の「先入観」とは、天体写真から得た知識によって作られているのではないでしょうか? 天体写真は確かに正確に細かい模様まで写ります。 ですがこの模様が等しくヒトの目でも見えるとは限りません。 少なくとも写真に写る波長とヒトの見ている波長は異なります。 ヒトの目で見える波長帯もそれぞれ個人差があります。 例えば以下のM8干潟星雲のスケッチでは写真と大きく違った印象となりました。

M8のスケッチ
M8 干潟星雲

そこで、私はスケッチを描くときはその天体の写真やコメント等は極力見ないよう心がけています。 極力先入観を排除し、望遠鏡を覗いたそのままの姿、感じたままの形を記録したいと考えています。

スケッチの描き方

ここではM87のスケッチを例に、天体スケッチの描き方を紹介します。

1. 視野をよく観察する

まずは5分間ぐらいはぼーっと眺めて、だいたいの天体のイメージを作ります。 特徴は描いているときに見えてくるので(集中するとよく見える)、まずは対象天体をじっくり漠然と眺めるようにします。

M87のスケッチ
例: M87

2. 基準星を決める

スケッチ対象を真ん中に描くとします。 このとき恒星の位置を正確に記録するため、視野に見える明るい星を基準にします。 具体的には、スケッチ対象を真ん中にして、基準とした星をアナログ時計で言う、0時、3時、6時、9時のいずれかの位置になるようにスケッチ用紙を回転させて (見る角度を変えて)星を記録します。 また視野中心に×印をつけて星の位置を記録しやすくしたりもします。

3. 恒星を記録する

ドブソニアンでは常に星が視野から逃げていくので、相対的な位置関係を覚えます。 明るい星、特徴的な星(正三角形を作る等)から記録していきます。 この際、スケッチ対象(×印)を視野中心にして、2. で基準にした星との位置角やスケッチ対象からの距離を記録し、記入していきます。 具体的には、基準星から時計回りに100度、視野半径の3分の1の位置、といったように星の位置を見て、記録します。

星の数は20個程度記録出来れば良いと思います。また大きく描くと不自然なので星の明るさはできるだけ濃淡で表現します。

4. 対象天体を記録する

×印を消しゴムで消し、スケッチ対象を明るいところ、暗いところ、2段階程度で鉛筆を使って描きます。 指をスケッチ用紙にこすりつけることで線がぼけて星雲らしくなります。

5. データを記入する

良く忘れるのが、方角の記入です。 忘れずに記入します。 天体が日周運動で動いていく方向が「西」となるので、その方向を視野円に入れ、Wと記します。 だいたいここまで20分ぐらいです。

パソコンへの読み込み

描いたスケッチはそのままでも良いのですがパソコンに読み込んで白黒反転させると望遠鏡で見たイメージに近くなります。 パソコンで読み込むのであれば、星図ソフト等を参照して方角を合わせ(北が上になるようにするのが一般的です)、データやコメントと一緒にまとめると良いと思います。 このウェブエージも、もともとスケッチをまとめるためにHTMLを勉強したのがきっかけでした。

私はフォトショップを用いてスキャナで画像をパソコンに読み込み、 以下の手順で保存しています。

  1. [ファイル]→[読み込み]→[CanoScan LiDe70...]
  2. グレースケール、300dpi、画像設定(輪郭強調等)はすべてOFFで適当にトリミングして読み込み
  3. [フィルタ]→[色調補正]→[階調の反転]で白黒反転
  4. [ウインドウ]→[ツールバー]、[レイヤー]で、ツールバーとレイヤーを表示させる
  5. [ツールバー]の[楕円形選択ツール]でおおざっぱに視野円を囲む
  6. 画像を右クリックして[選択した範囲をカットしたレイヤー]を選択し、切り抜く(レイヤーが新規に作られる)
  7. [レイヤー]から背景を右クリック、削除
  8. [イメージ]→[カンバスの回転]→[角度入力]で西を右(北を上)に回転
  9. [レイヤー]→[新規]→[レイヤーから背景へ]で背景(黒)にする
  10. [ツールバー]→[切り抜きツール]で範囲を選択し、右クリック「切り抜き」してトリミング
  11. [ファイル]→[保存]で保存
  12. [ファイル]→[web用に保存]を選択、[画像サイズ]で幅を500pixelにし、画質50に選択し、ウェブ用に保存する

スキャナについて

スケッチをパソコンに読み込むスキャナは、2006年から2015年までは CanoScan LiDE70 、2015年からは CanoScan LiDE220 を使用しています。 これらのスキャナの製品仕様は、入力 16bit、出力 8bit となっています。 これらに対し、2015年に購入したプリンタ複合機 MF4890dw のスキャナは入力 8 bit、出力 8 bit で、思うような階調(特にグレーの滑らかさ)が思うように得られませんでした。 スキャナは何でも良いと言うわけではないようです。

C30 (NGC7331)のスケッチ C30 (NGC7331)のスケッチ
C30 (NGC7331) のスケッチ。(左)CanoScan LiDE220でスキャン、(右)MF4890dwでスキャン。