ニュートン反射の光軸修正法について解析的に考察しました。 主鏡、副鏡、接眼部の 3 つについて、その「傾き誤差」のみを「二次元平面内」で考察することで単純な幾何学の問題として解くことができました。 ここでは主にその結果について紹介します。 ニュートン反射の光軸修正法を定量的に理解して光軸調整を正しく行うことを目指します。
解析的に解くため、以下のような前提条件(仮定)を設定し、問題を単純化しました。
この前提条件の下で行う以下の計算は「副鏡のz軸回転」「副鏡のz軸位置」の調整を光軸調整に含めない「狭義」の光軸調整ということになります。
ただし一般には「副鏡のz軸回転」や「副鏡のz軸位置」の調整といった作業も含めて光軸調整と呼ばれています。 これは「広義」の光軸調整といえるものです。 広義の光軸調整についても 副鏡のz軸回転とz軸位置の調整 の章で検討しました。
ある位置 z での光線の位置 xz と光軸に対する光線の傾き uz を逐次計算することで、各々の光軸調整アイピースについて、どのように見えるか求めました。 計算結果から、主鏡の傾き誤差 α、副鏡の傾き誤差 β、接眼部の傾き誤差 γ がある場合にそれぞれの光軸調整アイピースでどのように見えるか定量的に理解することができました。 計算の詳細は以下リンクを参照ください。
以下の表に各々の光軸調整アイピースについて主鏡の傾き誤差 α、副鏡の傾き誤差 β、接眼部の傾き誤差 γ に対する係数(感度)をまとめます。 係数の値(の絶対値)が大きいものほど、その傾き誤差に対して大きく位置がズレて見えることになります。 つまり、係数の絶対値が大きいものほど誤差に対して感度が高いことを意味します。 また係数が 0 のものは、その傾き誤差に対して全く感度がないことを意味します。
主鏡の傾き α | 副鏡の傾き β | 接眼部の傾き γ | |
---|---|---|---|
サイトチューブ 副鏡の傾き調整をする場合 | 0 | 2a | -f |
レーザーコリメーター 副鏡の傾き調整をする場合 | 0 | 2a | -f |
チェシャアイピース 主鏡の傾き調整をする場合 | -2f | -4b | 0 |
サイトチューブ 主鏡の傾き調整をする場合 | -2f | -4b | 0 |
バロードレーザー 主鏡の傾き調整をする場合 | 2f | 4b | 0 |
レーザーコリメーター 主鏡の傾き調整をする場合 | 2f | 2(f+b) | -f |
オートコリメーター 1回反射像 (P) | 0 | 0 | 0 |
オートコリメーター 5回反射像 (1) | -4f | -4(f+b) | 2f |
オートコリメーター 9回反射像 (2) | 4f | 8f | -4f |
オートコリメーター 13回反射像 (3) | 0 | 4a | -2f |
今回行った計算で各々の光軸調整アイピースがどの傾き誤差に対してどれだけ感度があるか、定量的に理解することが出来ました。 また、何をどこに合わせれば良いかも、はっきりとしました。
上記の表から、決定したいパラメーターの α、β、γ の 3 に対して独立な方程式は全部で 4 つあることが分かります。 これらを解くと、α = (-b/a) γ、β = (f/(2a)) γ の時、どの光軸調整アイピースを使っても x = 0、すなわち「光軸が合っているように見える状態」となります。 そして合っているように見えるだけでなく幾何学的にもこの時「主鏡の光軸」と「接眼部の光軸」は一致していて、光軸が合った状態となります。 よって今回の計算から、
光軸を合わせることとは接眼部の傾き誤差 γ をちょうど補正するように
主鏡の傾きを α = (-b/a) γ、副鏡の傾きを β = (f/(2a)) γ とすること
と言えることがわかりました。
なお α = β = γ = 0 の場合も解ですが、これは接眼部の傾き誤差 γ が 0 の場合の特別な解です。
以前に私は α = β = γ = 0 という状態を光軸が合った状態と定義していました。 しかしよくよく考え直してみたところ、ニュートン反射の光学系で「光軸が合った状態」とは「主鏡の光軸と接眼部の光軸が一致すること」と定義するのが正しいと考え直しました。 そのためこれまで「光軸が合っていないにもかかわらず光軸が合っているように見える状態」としてきた状態も、正しい定義では「光軸が合った状態」であることになりました。
私はこれまで何度か「レーザーコリメーターでは光軸が合っていないにもかかわらず光軸が合っているように見えてしまうことがあります」とウェブ上で発信してきましたが、これは正しくありませんでした。 オートコリメーターのオフセット穴 以外であれば、レーザーコリメーターを含め、光軸調整アイピースで光軸が合っているように見えるのであれば、光軸は合っています。
以上、訂正します。(沖田博文 2019年5月22日)
これまでの計算で各々の光軸調整アイピースがどの傾き誤差に対してどれだけ感度を有しているか完全に理解することができました。 あとは「使いやすいもの」を「適切な順番」で使用すれば、誰でも正しく光軸を合わせることが出来ます。
以下に実際の光軸調整についてまとめます。
サイトチューブは主鏡の傾き調整にも副鏡の傾き調整にも、また後述する 副鏡のz軸回転やz軸位置の調整 にも使用できる光軸調整アイピースです。 構造としては非常にシンプルで、適当なパイプが入手できれば自作も簡単に行えます。 購入する場合も比較的安価に入手できます。 多くの望遠鏡の入門書にもサイトチューブを用いた調整方法が書かれています。
しかし個人的にはサイトチューブを用いた調整は難しいと感じています。 副鏡の調整 では十字線がピンボケで主鏡センターマークとうまく重なったか判定がうまく出来ません。 また 主鏡の調整 では逆に十字線が邪魔で、主鏡センターマークがうまく見えません。
そのため私はサイトチューブは 副鏡のz軸回転やz軸位置の調整 のみに使用し、光軸調整には使用していません。
レーザーコリメーターを用いるとかなり容易に光軸を合わせることが出来ます。 まず レーザーコリメーターで副鏡の傾きを調整する手順 で副鏡を調整し、その後 レーザーコリメーターで主鏡の傾きを調整する手順 で主鏡を調整します。
経験的にはレーザーコリメーターを用いると口径60cm F3.3 のニュートン反射(f = 2024 mm)で 230 倍程度までであれば光軸ズレをほとんど感じない程度に光軸を合わせることが出来ます。
ただしレーザーコリメーターは接眼部の傾き誤差にも感度があるため、主鏡の傾き調整は チェシャアイピース または バロードレーザー で行った方が良いように感じています。
オートコリメーターは他の方法と比較すると、主鏡の傾き誤差に対して 2 倍、副鏡の傾き誤差に対して約 4 倍、接眼部の傾き誤差に対して 4 倍の感度があります。 そのため最も高い精度で光軸を合わせることの出来る光軸調整アイピースです。
経験的にはオートコリメーターを用いると口径60cm F3.3 のニュートン反射(f = 2024 mm)で 460 倍程度までであれば光軸ズレをほとんど感じない程度の光軸を合わせることが出来ます。 さらに高い倍率ではアイピース毎に取り付け角度が僅かにばらつくためなのか、光軸はいつでも僅かにズレていていて、これ以上追い込むことは難しいと感じています。 望遠鏡の剛性の問題やシーイングの影響もあると思いますが、この程度が限界だろうと思っています。
オートコリメーターを用いる場合、以下の手順で光軸を合わせています。
オートコリメーターの中央穴 から見える (3) の像は主鏡の傾きに対して全く感度がありません。 これが重要なポイントです。 よってまず中央穴から覗いて (0) と (3) が重なって見えるように副鏡の傾きを調整します。 ここで光軸がそこそこ合っている状態だと像が 4 つ重なって見えていて分かりづらいため、わざと主鏡の傾きをわずかに狂わせます。 (3) の像は主鏡の傾きに感度は全くないので主鏡の傾きをズラしたとしても (3) の見え方は全く変化しません。 そして、この状態で中央穴から覗き、(0) と (3) が一致するよう副鏡の傾きのみを調整します。
あとは主鏡の傾きのみがズレていることになるので主鏡の傾きを調整することになります。 ここでも中央穴から覗けば良いのですが、やはり像が 4 つ重なっていて分かりづらいため オフセット穴 から覗くのが良いです。 オフセット穴から覗いて、(P) と (2)、(1) と (3) がそれぞれ一致するよう主鏡の傾きのみを調整すれば、光軸は合ったことになります。
上に示したようにオートコリメーター単独でも光軸を正しく合わせることが可能ですが、実際にやってみると、副鏡の傾き調整プロセスで中央穴から覗いた時に主鏡センターマークが 4 つ重なって見え、どれがどれだか判りづらく、私にはやりにくく感じます。
そこで複数の光軸調整アイピースを組み合わせて光軸を追い込む方法を考えました。 色々と検討した結果、副鏡の傾き調整に「オートコリメーターのオフセット穴」、主鏡の傾き調整に「チェシャアイピース」を使用すると、簡単に光軸を追い込む事が出来ることがわかりました。
次のリンクでは具体的にオートコリメーターのオフセット穴とチェシャアイピースを使って光軸が追い込まれていくことを解析的に示しました。
というわけで私の場合「チェシャアイピース」「オートコリメーター」のオフセット穴を使って光軸を追い込んでいます。 またラフな光軸調整には「レーザーコリメーター」を使っています。 よって合計 3 つの光軸調整アイピースを使っていることになります。 これらは機材ケースに常備して観望場所に持ち込み、使用しています。 調整に必要な時間は 5 分程度です。
正直に言うと、私の場合、この方法でうまくいった試しがありません。
光軸がズレる理由を考えると、たとえば高度角80度で光軸を合わせた後に高度角40度に望遠鏡を向けたとすると、「鏡筒のたわみ」を原因として光軸がズレることになります。 この時トップケージは鏡筒(トラス棒)のたわみによって本来の位置よりもわずかに低い位置となります。 そのため主鏡の光軸と接眼部の光軸の「なす角」がわずかに変化します。 これは接眼部の傾き γ が変化したこと相当します。 γ が変化してしまったので、これまでの議論から、光軸を合わせるためには主鏡の傾き α と副鏡の傾き β の両方を修正しないといけないことがわかります。
よって星像を見ながら主鏡または副鏡のどちらか一方の光軸調整ネジをほんのわずか回して微調整するという方法は(鏡筒のたわみが光軸ズレの原因の場合)、原理的に光軸を合わせることが出来ません。
そのため私は光軸はオートコリメーターとチェシャアイピースで追い込み、星像を用いた光軸の微調整は行っていません。 使用していくうちに光軸ズレが気になった場合には、その高度角で光軸調整をやり直すことにしています。
ここまでの計算では「副鏡のz軸回転」「副鏡のz軸位置」について考慮してきませんでした。 しかし望遠鏡の光学性能を 100% 引き出すためには主鏡・副鏡・接眼部の傾きの調整に加えて、「副鏡のz軸回転」と「副鏡のz軸位置」の調整も行うことが必要になります。 一般にはこれらの調整も含めて「光軸調整」と呼ばれているようです(広義の光軸調整)。
以下に「副鏡のz軸回転」と「位置のz軸位置」の調整方法についてまとめました。
なお上記リンクに詳細を書きましたが、「主鏡の光軸」と「接眼部の光軸」とが直交している場合、「副鏡のz軸回転」は「副鏡の傾き」でキャンセルできます。 そしてこの状態でも、光軸は合わせることが出来ます。
ただし「副鏡のz軸回転」が大きくズレていて、かつ副鏡サイズがギリギリの場合、主鏡で集めた光に「ケラれ」が生じてしまい、限界等級や分解能が低下するなど光学性能を 100% 引き出すことが出来ません。 そのため「副鏡のz軸回転」の調整は厳密に合わせる必要はありませんが、「ケラれ」が生じない程度にはしっかり調整する必要があります。